顔氏家訓 / 終制
其內典功德、隨力所至、勿刳竭生資、使凍餒也。四時祭祀、周、孔所教、欲人勿死其親、不忘孝道也。求諸內典、則無益焉。殺生為之、翻增罪累。若報罔極之德、霜露之悲、有時齋供、及七月半盂蘭盆、望於汝也。
新字:其内典功徳、随力所至、勿刳竭生資、使凍餒也。四時祭祀、周、孔所教、欲人勿死其親、不忘孝道也。求諸内典、則無益焉。殺生為之、翻增罪累。若報罔極之徳、霜露之悲、有時斎供、及七月半盂蘭盆、望於汝也。
書き下し
其の内典の功徳は、力の至る所に随え。生資を刳竭して、凍餒せしむる勿かれ。四時の祭祀は、周・孔の教うる所なり。人をして其の親を死せしめず、孝道を忘れざらしめんと欲すればなり。諸を内典に求むれば、則ち益無し。生を殺して之を為せば、翻って罪累を増す。若し罔極の徳に報い、霜露の悲しみあらば、時に斎供有り、及び七月半の盂蘭盆、汝に望むなり。
現代語訳
仏事の功徳は、力の及ぶ範囲で行え。生活の元手を使い果たして、凍え飢えるようなことにしてはならない。四季の祭祀は周公や孔子が教えたことである。人がその親を死んだものとして扱わず、孝の道を忘れないようにするためである。しかしそれを仏典に求めれば、益はない。生き物を殺して行えば、かえって罪の重なりを増す。もし限りない恩に報い、霜露に触れて親を思う悲しみがあるなら、ときに精進の供養をし、七月半ばの盂蘭盆を行うことを、お前たちに望む。
解説
供養の指示ですが、最初に条件が来ます。「生資を刳竭して、凍餒せしむる勿かれ」——生活の元手を使い果たすな。死者への供養が、生きている家族を困窮させてはならない。そのうえで、儒教の祭祀と仏教の供養を区別し、儒教の祭祀は孝を忘れないための仕組みだが、それを仏教の枠で行っても益はなく、殺生を伴えば逆効果だと整理します。最後に、では何をすればよいかを具体的に示す。禁止と理由と代替案が揃っています。何かを止めさせるときに、代わりに何をすればよいかまで示せるかどうかです。
この章句が説くこと
力の至る所に随え生資を刳竭して凍餒せしむる勿かれ七月半の盂蘭盆禁止と代替孝礼
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