顔氏家訓 / 文章
文章地理、必須愜當。梁簡文雁門太守行乃云:「鵝軍攻日逐、燕騎蕩康居、大宛歸善馬、小月送降書。」蕭子暉隴頭水云:「天寒隴水急、散漫俱分瀉、北注徂黃龍、東流會白馬。」此亦明珠之纇、美玉之瑕、宜慎之。
新字:文章地理、必須愜当。梁簡文雁門太守行乃云:「鵝軍攻日逐、燕騎蕩康居、大宛帰善馬、小月送降書。」蕭子暉隴頭水云:「天寒隴水急、散漫倶分瀉、北注徂黄竜、東流会白馬。」此亦明珠之纇、美玉之瑕、宜慎之。
書き下し
文章の地理は、必ず愜当を須つ。梁の簡文の雁門太守行に乃ち云う、「鵝軍日逐を攻め、燕騎康居を蕩かす。大宛善馬を帰し、小月降書を送る」と。蕭子暉の隴頭水に云う、「天寒くして隴水急なり。散漫として俱に分かち瀉ぐ。北に注ぎて黄龍に徂き、東に流れて白馬に会す」と。此れも亦た明珠の纇、美玉の瑕なり。宜しく之を慎むべし。
現代語訳
文章における地理は、必ず正確に合っていなければならない。梁の簡文帝の「雁門太守行」にはこうある。「鵝の軍が日逐王を攻め、燕の騎馬が康居を掃討する。大宛は良馬を献じ、小月氏は降伏の書を送る」。蕭子暉の「隴頭水」にはこうある。「空は寒く隴水は急である。散り広がってともに分かれ流れ、北に注いで黄龍へ行き、東に流れて白馬で合わさる」。これらもまた、明珠についた傷、美玉についた瑕である。慎むべきである。
解説
詩の中の地理が実際と合っていないという指摘です。雁門は北辺の地なのに西域の国名が並び、隴水は西方の川なのに東北の地名に流れていく。作者はどちらも高い評価を受けた人物です。だから顔之推は「明珠の纇、美玉の瑕」——真珠や玉についた傷だと表現しました。作品全体を否定してはいませんが、傷は傷だと言う。事実関係の誤りは、作品の格を下げる。提案書や記事でも、本筋が優れていても、地名や数字や固有名詞が一つ間違っていると、読み手はそこで信用を保留します。全体の質が高いほど、細部の誤りは目立ちます。
この章句が説くこと
文章の地理は愜当を須つ明珠の纇美玉の瑕細部の事実
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