顔氏家訓 / 勉學
吾在益州、與數人同坐、初晴日晃、見地上小光、問左右:「此是何物?」有一蜀豎就視、答云:「是豆逼耳。」相顧愕然、不知所謂。命取將來、乃小豆也。窮訪蜀士、呼粒為逼、時莫之解。吾云:「三蒼、說文、此字白下為匕、皆訓粒、通俗文音方力反。」眾皆歡悟。
新字:吾在益州、与数人同坐、初晴日晃、見地上小光、問左右:「此是何物?」有一蜀豎就視、答云:「是豆逼耳。」相顧愕然、不知所謂。命取将来、乃小豆也。窮訪蜀士、呼粒為逼、時莫之解。吾云:「三蒼、説文、此字白下為匕、皆訓粒、通俗文音方力反。」眾皆歓悟。
書き下し
吾益州に在り、数人と同坐す。初晴の日晃らかにして、地上の小光を見る。左右に問う、「此れは是れ何物ぞ」と。一蜀豎有り、就きて視て、答えて云う、「是れ豆逼なるのみ」と。相い顧みて愕然とし、謂う所を知らず。命じて取り将ち来たらしむれば、乃ち小豆なり。窮めて蜀士に訪ぬるに、粒を呼びて逼と為すも、時に之を解する莫し。吾云う、「三蒼・説文に、此の字は白の下を匕と為し、皆な粒と訓ず。通俗文の音は方力の反なり」と。衆皆な歓悟せり。
現代語訳
私が益州にいたとき、数人と同席していた。晴れ上がった日が輝いて、地面に小さな光るものが見えた。周りの者に尋ねた。「これは何だ」。蜀出身の少年がいて、近づいて見て答えた。「これは豆逼です」。一同顔を見合わせて驚き、何のことか分からなかった。取ってこさせると、小豆であった。蜀の人に詳しく尋ねたところ、粒のことを「逼」と言うというが、そのときは誰も理解できなかった。私は言った。「『三蒼』『説文』では、この字は白の下を匕と書き、どちらも『粒』と解している。『通俗文』の音は方力の反である」。一同はみな喜んで納得した。
解説
地方の言葉が分からず、字書で解決した話です。蜀では粒を「逼」と言う。その場の誰も分からなかったのを、顔之推が三種の字書の記述と音注を挙げて説明し、一同が納得しました。ここで働いているのは、方言を「訛り」として片づけずに、古い語の残存として調べる姿勢です。分からない言葉に出会ったとき、相手が間違っていると考えるか、自分が知らないと考えるか。現場から上がってくる耳慣れない言い方も、多くは根拠のある言葉です。調べる前に切り捨てないこと、そして調べた結果を共有すること。この二つで、その場にいた全員の理解が一段上がっています。
この章句が説くこと
豆逼粒を呼びて逼と為す三蒼説文方言を調べる
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