顔氏家訓 / 治家
婚姻素對、靖侯成規。近世嫁娶、遂有賣女納財、買婦輸絹、比量父祖、計較錙銖、責多還少、市井無異。或猥壻在門、或傲婦擅室、貪榮求利、反招羞恥、可不慎歟!
新字:婚姻素対、靖侯成規。近世嫁娶、遂有売女納財、買婦輸絹、比量父祖、計較錙銖、責多還少、市井無異。或猥壻在門、或傲婦擅室、貪栄求利、反招羞恥、可不慎歟!
書き下し
婚姻は素対なるは、靖侯の成規なり。近世の嫁娶は、遂に女を売りて財を納れ、婦を買いて絹を輸するもの有り。父祖を比量し、錙銖を計較し、多きを責め少なきを還す。市井と異なる無し。或いは猥壻門に在り、或いは傲婦室を擅にす。栄を貪り利を求めて、反って羞恥を招く。慎まざるべけんや。
現代語訳
縁組は釣り合いのとれた相手とせよ、というのが先祖の靖侯が定めた規則である。近ごろの婚姻では、ついに娘を売って財を受け取り、嫁を買って絹を支払う者がいる。相手の父祖の家柄を比べ、わずかな金額まで計算し、多く要求しては少なく返す。市場の商いと変わらない。その結果、卑しい婿が家に居座ったり、傲慢な嫁が家を仕切ったりする。栄達を貪り利を求めて、かえって恥を招く。慎まないでいられようか。
解説
縁組を条件の売買にすると何が起こるかを述べた一段です。家柄を比べ、金額を計算し、市場の取引のようになる。その結果として顔之推が挙げるのは、金銭上の損失ではなく人の問題です。卑しい婿が居座り、傲慢な嫁が家を仕切る。条件で相手を選べば、相手も条件でこちらを見ます。取引として成立した関係は、取引の論理でしか動きません。採用や提携でも同じで、条件だけを積み上げて合意した関係は、条件が変われば崩れます。何を基準に選ぶかが、その後の関係の性質を決めます。
この章句が説くこと
婚姻は素対女を売りて財を納る市井と異なる無し選ぶ基準と関係の性質
関連する章句
-
『顔氏家訓』歸心世に癡人有り、仁義を識らず、富貴の並びに天命に由るを知らず。子の為に婦を娶るに、其の生資の足らざるを恨む。舅姑の尊を倚作し、蛇虺のごとき其の性、毒口もて誣を加え、忌諱を識らず、婦の父母を罵辱す。却って婦をして己身に孝ならざるを教え成し、他の恨みを顧みず。但だ己の子女を憐れみて、己の児婦を愛せず。此くの如きの人は、陰かに其の過ちを紀し、鬼其の算を奪う。慎みて与に隣を為すべからず。何ぞ況んや交結せんや。之を避けよ。
-
『顔氏家訓』後娶身没するの後、辞訟公門に盈ち、謗辱道路に彰る。子は母を誣いて妾と為し、弟は兄を黜けて傭と為す。先人の辞迹を播揚し、祖考の長短を暴露して、以て己を直しとせんことを求むる者、往往にして有り。悲しいかな。古より姦臣佞妾、一言を以て人を陥るる者衆し。況んや夫婦の義、暁夕に之を移すをや。婢僕容れられんことを求め、助けて相い説引す。年を積み月を累ねて、安んぞ孝子有らんや。此れ畏れざるべからず。
-
『顔氏家訓』治家婦人の性は、率ね子壻を寵して児婦を虐ぐ。壻を寵すれば、則ち兄弟の怨み生ず。婦を虐ぐれば、則ち姊妹の讒行わる。然らば則ち女の行留は、皆な其の家に罪を得るは、母実に之を為すなり。諺に云う有るに至る、「落索たる阿姑の餐」と。此れ其の相い報ゆるなり。家の常弊なり。誡めざるべけんや。
-
『顔氏家訓』治家江東の婦女は、略ぼ交遊無し。其の婚姻の家、或いは十数年の間、未だ相い識らざる者あり。惟だ信命贈遺を以て、殷勤を致すのみ。鄴下の風俗は、専ら婦を以て門戸を持す。曲直を争訟し、造請逢迎す。車乗街衢に填ち、綺羅府寺に盈つ。子に代わりて官を求め、夫の為に屈を訴う。此れ乃ち恒・代の遺風か。
-
『顔氏家訓』風操四海の人、結びて兄弟と為るは、亦た何ぞ容易ならんや。必ず志均しく義敵し、終わりを令くすること始めの如き者有りて、方めて之を議すべし。一たび爾るの後は、子に命じて拝伏せしめ、呼びて丈人と為し、父の友の敬を申べ、身彼の親に事うるも、亦た宜しく礼を加うべし。比ごろ北人を見るに、甚だ此の節を軽んず。行路に相い逢いて、便ち昆季を定む。年を望み貌を観て、是非を択ばず。父を結びて兄と為し、子に託して弟と為す者有るに至る。
-
『顔氏家訓』後娶江左は庶孽を諱まず。室を喪うの後、多くは妾媵を以て家事を終う。疥癬蚊虻、或いは未だ免るる能わざるも、大分を以て限る。故に闘鬩の恥稀なり。河北は側出を鄙しみ、人流に予らしめず。是を以て必ず重ねて娶るを須ち、三四に至り、母の年子より少なき者有り。後母の弟と、前婦の兄と、衣服飲食、爰に婚宦に及び、士庶貴賤の隔たりに至るまで、俗以て常と為す。