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顔氏家訓 / 養生

神仙之事、未可全誣、但性命在天、或難鐘值。人生居世、觸途牽縶:幼少之日、既有供養之勤、成立之年、便增妻孥之累。衣食資須、公私驅役、而望遁跡山林、超然塵滓、千萬不遇一爾。加以金玉之費、爐器所須、益非貧士所辦。學如牛毛、成如麟角。華山之下、白骨如莽、何有可遂之理?考之內教、縱使得仙、終當有死、不能出世、不願汝曹專精於此。

新字:神仙之事、未可全誣、但性命在天、或難鐘值。人生居世、触途牽縶:幼少之日、既有供養之勤、成立之年、便增妻孥之累。衣食資須、公私駆役、而望遁跡山林、超然塵滓、千万不遇一爾。加以金玉之費、炉器所須、益非貧士所辦。学如牛毛、成如麟角。華山之下、白骨如莽、何有可遂之理?考之内教、縦使得仙、終当有死、不能出世、不願汝曹専精於此。

書き下し

神仙の事は、未だ全くは誣うべからず。但だ性命は天に在り、或いは鐘値し難し。人生世に居れば、途に触れて牽縶せらる。幼少の日には、既に供養の勤め有り。成立の年には、便ち妻孥の累を増す。衣食の資須、公私の駆役ありて、跡を山林に遁れ、塵滓を超然たらんことを望むは、千万に一つも遇わざるのみ。加うるに金玉の費、炉器の須つ所は、益ます貧士の辦ずる所に非ず。学ぶこと牛毛の如く、成ること麟角の如し。華山の下、白骨莽の如し。何ぞ遂ぐべきの理有らんや。之を内教に考うるに、縦い仙を得しむとも、終に当に死有るべく、世を出づる能わず。汝曹の此に専精せんことを願わず。

現代語訳

神仙のことは、まったくの偽りだと言い切ることはできない。ただ寿命は天にあり、めぐり合わせは得がたい。人が世に生きていれば、あらゆる面で縛られる。幼い日には親を養う務めがあり、一人前になる年には妻子の負担が増える。衣食の元手、公私の労役があって、俗世を離れて山林に隠れ、塵埃を超越しようと望んでも、千万に一つも叶わない。そのうえ金や玉の費用、炉や器具の必要は、いよいよ貧しい士に用意できるものではない。学ぶ者は牛の毛のように多く、成し遂げる者は麒麟の角のようにまれである。華山の麓には白骨が草むらのように積もっている。どうして遂げられる道理があろうか。仏教の教えに照らせば、たとえ仙人になれたとしても、いずれは死があり、輪廻から出られない。お前たちがこれに専心することを、私は望まない。

解説

不老長生の術を、否定ではなく確率で退けた一段です。まったくの嘘とは言い切らない。ただ、生活の制約があり、費用がかかり、成功率が「牛の毛と麒麟の角」ほど違う。そして華山の麓には失敗者の白骨が積もっている。感情ではなく、投入資源と成功率と失敗の実例で判断しています。「学ぶこと牛毛の如く、成ること麟角の如し」は、あらゆる高リスクの挑戦に当てはまる比喩です。可能性がゼロでないことと、自分が賭けるべきかどうかは別。生存者ではなく、麓に積もった白骨のほうを数えられるかどうかが分かれ目です。

この章句が説くこと

神仙の事学ぶこと牛毛の如く成ること麟角の如し華山の下白骨莽の如し成功率養生

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