顔氏家訓 / 音辭
甫者、男子之美稱、古書多假借為父字、北人遂無一人呼為甫者、亦所未喻。唯管仲、范增之號、須依字讀耳。
新字:甫者、男子之美称、古書多仮借為父字、北人遂無一人呼為甫者、亦所未喻。唯管仲、范增之号、須依字読耳。
書き下し
甫なる者は、男子の美称なり。古書は多く仮借して父の字と為す。北人は遂に一人として呼びて甫と為す者無し。亦た未だ喩らざる所なり。唯だ管仲・范増の号のみ、須らく字に依りて読むべきのみ。
現代語訳
「甫」とは男子の美称である。古い書物では多く「父」の字を借りて用いた。北方の人には一人として「甫」と読む者がいない。これも理解しがたいことである。ただ管仲や范増の称号だけは、字のとおりに読むべきである。
解説
「甫」を「父」と書く仮借があったために、北方では誰も「甫」と読まなくなった、という指摘です。もとの字と借りた字が入れ替わり、借りたほうだけが残った。そして最後に例外を示します。管仲の「仲父」、范増の「亜父」といった称号は、字のとおりに読む。一般則を述べた後に、適用外を必ず添えるのが顔之推の書き方です。規則を伝えるとき、例外も一緒に伝えるかどうかで、受け取った側の判断が変わります。例外のない規則を教えると、例外に出会ったときに規則ごと捨てられます。
この章句が説くこと
甫は男子の美称仮借して父の字と為す管仲范増の号規則と例外
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