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顔氏家訓 / 勉學

且負甲為兵、咋筆為吏、身死名滅者如牛毛、角立傑出者如芝草、握素披黃、吟道詠德、苦辛無益者如日蝕、逸樂名利者如秋荼、豈得同年而語矣。且又聞之:生而知之者上、學而知之者次。所以學者、欲其多知明達耳。必有天才、拔群出類、為將則闇與孫武、吳起同術、執政則懸得管仲、子產之教、雖未讀書、吾亦謂之學矣。今子即不能然、不師古之蹤迹、猶蒙被而臥耳。

新字:且負甲為兵、咋筆為吏、身死名滅者如牛毛、角立傑出者如芝草、握素披黄、吟道詠徳、苦辛無益者如日蝕、逸楽名利者如秋荼、豈得同年而語矣。且又聞之:生而知之者上、学而知之者次。所以学者、欲其多知明達耳。必有天才、抜群出類、為将則闇与孫武、吳起同術、執政則懸得管仲、子産之教、雖未読書、吾亦謂之学矣。今子即不能然、不師古之蹤迹、猶蒙被而臥耳。

書き下し

且つ甲を負いて兵と為り、筆を咋みて吏と為り、身死し名滅ぶる者は牛毛の如く、角立し傑出する者は芝草の如し。素を握り黄を披き、道を吟じ徳を詠じ、苦辛して益無き者は日蝕の如く、名利に逸楽する者は秋荼の如し。豈に年を同じくして語るを得んや。且つ又た之を聞く、生まれながらにして之を知る者は上、学びて之を知る者は次なりと。学ぶ所以の者は、其の多く知り明達ならんことを欲するのみ。必ず天才有りて、群を抜き類を出で、将と為らば則ち闇に孫武・呉起と術を同じくし、政を執らば則ち懸かに管仲・子産の教えを得ば、未だ書を読まずと雖も、吾も亦た之を学と謂わん。今子は即ち然る能わず。古の蹤迹を師とせずんば、猶お被を蒙りて臥するのみ。

現代語訳

そのうえ、鎧を背負って兵となり、筆をくわえて役人となって、身は死に名も消える者は牛の毛ほど多く、角のように抜きん出る者は霊芝ほどまれである。白絹を握り黄巻を開き、道を吟じ徳を詠じて、苦労して益のない者は日食ほどまれで、名利に安楽する者は秋の荼の花ほど多い。どうして同列に語れようか。またこうも聞いている。生まれながらに知る者が上で、学んで知る者がその次である、と。学ぶ理由は、多くを知り物事に明るくなりたいからにすぎない。もし天賦の才があって群を抜き、将となれば知らず知らずのうちに孫武や呉起と同じ用兵をし、政を執れば自然に管仲や子産の教えを体現するなら、書を読んでいなくても、私はそれも学問だという。今あなたはそうではない。昔の人の跡を師としなければ、布団をかぶって寝ているようなものだ。

解説

反論の後半です。まず数の比較をやり直します。兵や役人で身を滅ぼす者は牛の毛ほど多く、抜きん出る者は霊芝ほどまれ。逆に、学んで苦労するだけの者は日食ほどまれで、名利を得る者は秋の草花ほど多い。目立つ例外を数え上げても、全体の傾向は変わらない、という反論です。そして最後に定義を広げます。書を読まなくても、自然に名将や名宰相と同じことができるなら、それも学問だ。読書は手段であって目的ではない、と認めたうえで、それができないなら古人に学べと結びます。

この章句が説くこと

身死し名滅ぶる者は牛毛の如し苦辛して益無き者は日蝕の如し未だ書を読まずとも吾も亦た学と謂う学問

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