顔氏家訓 / 教子
人之愛子、罕亦能均、自古及今、此弊多矣。賢俊者自可賞愛、頑魯者亦當矜憐、有偏寵者、雖欲以厚之、更所以禍之。共叔之死、母實爲之。趙王之戮、父實使之。劉表之傾宗覆族、袁紹之地裂兵亡、可爲靈龜明鑒也。
新字:人之愛子、罕亦能均、自古及今、此弊多矣。賢俊者自可賞愛、頑魯者亦当矜憐、有偏寵者、雖欲以厚之、更所以禍之。共叔之死、母実為之。趙王之戮、父実使之。劉表之傾宗覆族、袁紹之地裂兵亡、可為霊亀明鑒也。
書き下し
人の子を愛するや、罕にまた能く均しくす。古より今に及ぶまで、此の弊多し。賢俊なる者は自ら賞愛すべく、頑魯なる者も亦た当に矜憐すべし。偏寵有る者は、之を厚くせんと欲すと雖も、更に之を禍いする所以なり。共叔の死は、母実に之を為す。趙王の戮は、父実に之を使む。劉表の宗を傾け族を覆すも、袁紹の地裂け兵亡ぶも、霊亀明鑑と為すべし。
現代語訳
人が子を愛するとき、それを等しくできる者は少ない。昔から今まで、この弊害は多い。賢く優れた子は当然かわいがるとして、鈍く愚かな子もまた憐れみをかけるべきである。えこひいきする者は、その子を厚遇しようとしているのに、かえってその子を禍いに落としている。鄭の共叔段が死んだのは、実は母がそうさせたのだ。趙王如意が殺されたのは、実は父がそうさせたのだ。劉表が一族を傾け滅ぼしたことも、袁紹が領地を裂かれ軍を失ったことも、亀甲の占いや明るい鏡のように、はっきりした戒めとすべきである。
解説
偏愛は愛された側を滅ぼす、という一段です。挙げられた四例はいずれも、親の偏愛が後継争いを生み、寵愛された当人が殺されるか一族が滅びました。厚くしたつもりが禍いになる仕組みは単純です。特別扱いは、他の兄弟の中に敵意を積み立て、当人からは自制を奪う。事業承継の現場でそのまま起こります。複数の子や幹部がいる会社で、創業者が誰かに肩入れすると、その人は最も守られながら最も恨まれる立場に置かれます。顔之推が求めるのは平等な感情ではありません。感情は偏るものだと認めたうえで、扱いだけは均せということです。
この章句が説くこと
偏寵之を禍いする所以共叔の死後継争い公平性統率
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