顔氏家訓 / 後娶
既而弟子求分財異居、包不能止、乃中分其財:奴婢引其老者、曰:『與我共事久、若不能使也。』田廬取其荒頓者、曰:『吾少時所理、意所戀也。』器物取其朽敗者、曰:『我素所服食、身口所安也。』弟子數破其產、還復賑給。建光中、公車特徵、至拜侍中。包性恬虛、稱疾不起、以死自乞。有詔賜告歸也。」
新字:既而弟子求分財異居、包不能止、乃中分其財:奴婢引其老者、曰:『与我共事久、若不能使也。』田廬取其荒頓者、曰:『吾少時所理、意所恋也。』器物取其朽敗者、曰:『我素所服食、身口所安也。』弟子数破其産、還復賑給。建光中、公車特徴、至拝侍中。包性恬虚、称疾不起、以死自乞。有詔賜告帰也。」
書き下し
既にして弟子財を分かち居を異にせんことを求む。包止むる能わず、乃ち中ばに其の財を分かつ。奴婢は其の老いたる者を引きて曰く、「我と共に事えて久し、若ら使う能わざるなり」と。田廬は其の荒頓せる者を取りて曰く、「吾が少き時に理めし所、意の恋う所なり」と。器物は其の朽敗せる者を取りて曰く、「我素より服食する所、身口の安んずる所なり」と。弟子数しば其の産を破れば、還た復た賑給す。建光中、公車特に徴し、至りて侍中を拝す。包性恬虚にして、疾と称して起たず、死を以て自ら乞う。詔有りて告を賜いて帰らしむ。
現代語訳
やがて弟の子が財産を分けて別に住みたいと言い出した。薛包は止められず、財産を半分に分けた。奴婢は年老いた者を引き取って言った。「私と長く仕えてきた者たちだ。お前たちには使えまい」。田畑と家は荒れた物を取って言った。「私が若い頃に手入れをした所で、心が慕う場所だ」。道具は朽ちて壊れた物を取って言った。「私が普段から使い食べてきた物で、体と口が慣れている」。弟の子が何度も財産を使い果たすと、そのたびに援助してやった。建光年間、朝廷が特に召し出し、侍中の官に任じられた。薛包は無欲で静かな性格だったので、病気と称して出仕せず、死を賭して辞退を願った。詔によって休暇を賜り、故郷に帰った。
解説
分けるときに悪い方を取る、という有名な逸話です。注目すべきは理由づけです。老いた奴婢は「お前たちには使えまい」、荒れた田は「若い頃に手入れした場所だから」、壊れた道具は「使い慣れているから」。どれも譲歩ではなく、自分の都合として語られています。相手に負い目を負わせない配慮です。しかも一度分けたあと、弟の子が使い果たすたびに援助した。分けることと、切ることは別だという姿勢です。事業の分割や退職者との清算でも、取り分の多寡より、相手に負い目を残さない語り方と、その後も関係を続けるかどうかが、後の年月を決めます。
この章句が説くこと
薛包老いたるを引く荒頓せるを取る負い目を残さない
関連する章句
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『顔氏家訓』後娶《後漢書》に曰く、「安帝の時、汝南の薛包孟嘗は、学を好み行いを篤くし、母を喪いて、至孝を以て聞こゆ。父の後妻を娶りて包を憎むに及び、分かちて之を出す。包日夜号泣して、去る能わず、毆杖せらるるに至る。已むを得ずして、舎外に廬し、旦に入りて洒掃す。父怒りて、又た之を逐う。乃ち里門に廬し、昏晨に廃せず。歳余を積み、父母慚じて之を還す。後に六年の服を行い、喪は哀に過ぐ」と。
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