顔氏家訓 / 雜藝
弧矢之利、以威天下、先王所以觀德擇賢、亦濟身之急務也。江南謂世之常射、以為兵射、冠冕儒生、多不習此、別有博射、弱弓長箭、施於準的、揖讓昇降、以行禮焉。防禦寇難、了無所益。亂離之後、此術遂亡。河北文士、率曉兵射、非直葛洪一箭、已解追兵、三九燕集、常縻榮賜。雖然要輕禽、截狡獸、不願汝輩為之。
新字:弧矢之利、以威天下、先王所以観徳択賢、亦済身之急務也。江南謂世之常射、以為兵射、冠冕儒生、多不習此、別有博射、弱弓長箭、施於準的、揖譲昇降、以行礼焉。防禦寇難、了無所益。乱離之後、此術遂亡。河北文士、率暁兵射、非直葛洪一箭、已解追兵、三九燕集、常縻栄賜。雖然要軽禽、截狡獣、不願汝輩為之。
書き下し
弧矢の利は、以て天下に威す。先王の徳を観、賢を択ぶ所以なり。亦た身を済うの急務なり。江南は世の常射を謂いて、以て兵射と為す。冠冕の儒生は、多く此を習わず。別に博射有り。弱弓長箭にして、準的に施し、揖譲昇降して、以て礼を行う。寇難を防禦するに、了に益する所無し。乱離の後、此の術遂に亡ぶ。河北の文士は、率ね兵射を暁る。直だ葛洪の一箭のみに非ず、已に追兵を解く。三九の燕集に、常に栄賜を縻ぐ。然りと雖も軽禽を要し、狡獣を截るは、汝輩の之を為すを願わず。
現代語訳
弓矢の威力は、それによって天下に威を示すものである。昔の王が徳を観、賢者を選ぶ手段でもあった。また身を救う急務でもある。江南では世に普通の射術を「兵射」と呼ぶ。冠をかぶった儒者は多くこれを習わない。別に「博射」というものがある。弱い弓に長い矢で、的に向けて射り、譲り合い昇り降りして礼を行う。賊や災難を防ぐには、まったく役に立たない。戦乱の後、この技はついに絶えた。河北の文人は、おおむね兵射を心得ている。葛洪が一矢で追手を退けたというだけでなく、実際に役に立った。三公九卿の宴会では、いつも褒賞を得ていた。とはいえ、軽やかな鳥を狙い、すばしこい獣を仕留めることは、お前たちにしてほしいとは思わない。
解説
この章句が説くこと
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