顔氏家訓 / 風操
言及先人、理當感慕、古者之所易、今人之所難。江南人事不獲已、須言閥閲、必以文翰、罕有面論者。北人無何便爾話説、及相訪問。如此之事、不可加於人也。人加諸己、則當避之。
新字:言及先人、理当感慕、古者之所易、今人之所難。江南人事不獲已、須言閥閲、必以文翰、罕有面論者。北人無何便爾話説、及相訪問。如此之事、不可加於人也。人加諸己、則当避之。
書き下し
先人に言い及べば、理として当に感慕すべし。古者の易しとする所、今人の難しとする所なり。江南の人事、已むを獲ざれば、閥閲を言うを須つも、必ず文翰を以てし、面論する者有ること罕なり。北人は何ぞ無くして便ち爾く話説し、相い訪問するに及ぶ。此くの如きの事は、人に加うべからず。人諸を己に加うれば、則ち当に之を避くべし。
現代語訳
亡くなった親のことに話が及べば、道理として慕わしい気持ちが起こる。昔の人には易しかったことが、今の人には難しい。江南での交際では、やむを得ず家柄や祖先のことを話す必要があっても、必ず手紙で行い、面と向かって論じる者はまれである。北方の人は、何ということもなくすぐそう話し出し、質問までしてくる。こういうことは、人に対してしてはならない。人が自分にそうしてきたら、避けるべきである。
解説
人の亡くなった親について、面と向かって尋ねるかどうかという作法です。江南では必要があっても手紙で済ませ、対面では持ち出さない。北方は平気で話題にし、質問までする。顔之推は前者を採ります。理由は、話題そのものが悪いのではなく、相手が感情を制御できない場に置かれるからです。手紙なら一人で受け止められる。対面ではその場で反応を求められる。相手に反応を強いる形式を避ける、という配慮の技術です。人の家族、健康、過去の失敗に触れるとき、どの形式で持ち出すかは中身と同じくらい重要です。その場で答えを求めない形にできるかどうかを考えることです。
この章句が説くこと
先人に言い及ぶ文翰を以てす面論する者罕なり形式への配慮公平
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