顔氏家訓 / 風操
江南風俗、兒生一期、爲製新衣、盥浴裝飾、男則用弓矢紙筆、女則刀尺針縷、幷加飲食之物、及珍寶服玩、置之兒前、觀其發意所取、以驗貪廉愚智、名之爲試兒。
新字:江南風俗、児生一期、為製新衣、盥浴装飾、男則用弓矢紙筆、女則刀尺針縷、幷加飲食之物、及珍宝服玩、置之児前、観其発意所取、以験貪廉愚智、名之為試児。
書き下し
江南の風俗、児生まれて一期なれば、新衣を製し、盥浴装飾し、男には則ち弓矢紙筆を用い、女には則ち刀尺針縷を用う。並びに飲食の物、及び珍宝服玩を加え、之を児の前に置く。其の発意して取る所を観て、以て貪廉愚智を験す。之を名づけて試児と為す。
現代語訳
江南の風俗では、子が生まれて一年になると、新しい衣を作り、湯浴みさせて着飾らせ、男の子には弓矢と紙筆を、女の子には小刀と物差しと針と糸を用意する。あわせて飲食物や、珍しい宝物や玩具を加えて、子の前に置く。その子が何を思って手に取るかを見て、欲深いか清廉か、愚かか賢いかを占う。これを「試児」という。
解説
日本でも「選び取り」として残る、一歳の誕生日の占いです。弓矢と紙筆は武と文、小刀と物差しは裁縫、食べ物は欲、宝物は財。何を掴むかでその子の性質を測る。もちろん一歳児の把握に意味はありませんが、この行事が何をしているかを見ると面白い。親族が集まり、その子の将来について皆で語る場を作っています。占いの精度ではなく、集まって話す口実に価値がある。組織の節目の行事も同じで、目的が形式的でも、人が集まって将来を語る場が定期的にあること自体が働きます。次の段では、この行事の別の側面が語られます。
この章句が説くこと
試児貪廉愚智を験す選び取り集まる口実
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