顔氏家訓 / 文章
或問揚雄曰:「吾子少而好賦?」雄曰:「然。童子雕蟲篆刻、壯夫不為也。」余竊非之曰:虞舜歌南風之詩、周公作鴟鴞之詠、吉甫、史克雅、頌之美者、未聞皆在幼年累德也。孔子曰:「不學詩、無以言。」「自衛返魯、樂正、雅、頌各得其所。」大明孝道、引詩證之。揚雄安敢忽之也?
新字:或問揚雄曰:「吾子少而好賦?」雄曰:「然。童子雕虫篆刻、壮夫不為也。」余竊非之曰:虞舜歌南風之詩、周公作鴟鴞之詠、吉甫、史克雅、頌之美者、未聞皆在幼年累徳也。孔子曰:「不学詩、無以言。」「自衛返魯、楽正、雅、頌各得其所。」大明孝道、引詩證之。揚雄安敢忽之也?
書き下し
或るひと揚雄に問いて曰く、「吾子少くして賦を好むか」と。雄曰く、「然り。童子の雕虫篆刻、壮夫は為さざるなり」と。余竊かに之を非として曰く、虞舜は南風の詩を歌い、周公は鴟鴞の詠を作る。吉甫・史克は雅・頌の美なる者なり。未だ皆な幼年に在りて徳を累ぬと聞かず。孔子曰く、「詩を学ばずんば、以て言うこと無し」と。「衛より魯に返り、楽正しく、雅・頌各おの其の所を得たり」と。大いに孝道を明らかにするに、詩を引きて之を証す。揚雄安んぞ敢えて之を忽せにせんや。
現代語訳
ある人が揚雄に問うた。「あなたは若い頃に賦を好まれましたか」。揚雄は言った。「そうだ。だが子どもが虫を彫り篆書を刻むようなもので、一人前の男のすることではない」。私はひそかにこれを誤りとして言う。虞舜は「南風の詩」を歌い、周公は「鴟鴞」の詩を作った。尹吉甫と史克は雅と頌の優れた作者である。彼らがみな幼い頃にそれを作って徳を損なったとは聞かない。孔子は言った。「詩を学ばなければ、人と語ることができない」。「衛から魯に帰って、音楽が正され、雅と頌がそれぞれ落ち着くべきところに落ち着いた」。孝の道を大いに明らかにするにあたっても、詩を引いて証拠とした。揚雄がどうしてこれを軽んじられようか。
解説
揚雄の有名な「雕虫篆刻、壮夫不為」——詩賦は子どもの遊びで大人のすることではない、という言葉への反論です。顔之推の論法は、反例の列挙です。舜も周公も詩を作った。尹吉甫も史克も雅頌の作者だった。孔子は詩を学ばなければ語れないと言い、孝を説くのにも詩を引いた。権威ある一人の断言に対して、より上位の権威の実例を並べる。断言に対して断言で返すのではなく、実例で埋めていく。反論の作法として、感情的にならずに済む方法です。
この章句が説くこと
童子の雕虫篆刻壮夫は為さず虞舜南風の詩を歌う詩を学ばずんば以て言うこと無し実例による反論
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