顔氏家訓 / 風操
昔劉文饒不忍駡奴爲畜産、今世愚人遂以相戲、或有指名爲豚犢者:有識傍觀、猶欲掩耳、況當之者乎?
新字:昔劉文饒不忍駡奴為畜産、今世愚人遂以相戯、或有指名為豚犢者:有識傍観、猶欲掩耳、況当之者乎?
書き下し
昔劉文饒は奴を罵りて畜産と為すに忍びず。今世の愚人は遂に以て相い戯る。或いは名を指して豚犢と為す者有り。識有りて傍観する者すら、猶お耳を掩わんと欲す。況んや之に当たる者をや。
現代語訳
昔、劉文饒は下男を罵って「畜生」と呼ぶのに忍びなかった。今の世の愚かな人々は、それを冗談として言い合っている。名指しで「豚」「子牛」と呼ぶ者さえいる。分別のある人は、そばで見ているだけでも耳を塞ぎたくなる。まして言われた当人はどうであろうか。
解説
言葉の暴力についての短い一段です。顔之推が捉えているのは、罵倒が「戯れ」として流通している状況です。本気の侮辱ではなく冗談だから許される、という了解が広がると、言われた側は抗議もできなくなる。しかも彼は、当事者よりも先に「傍観する者すら耳を掩わんと欲す」と書きました。その場を聞いている第三者が、まず耐えられない。冗談として交わされる侮辱は、当事者だけでなくその場にいる全員の質を下げるという指摘です。職場で定着した「いじり」の文化を測る物差しになります。言われた本人が笑っているかどうかではなく、そばで聞いている人が耳を塞ぎたくなっていないかどうかです。
この章句が説くこと
劉文饒畜産と罵る豚犢傍観者も耳を掩う
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