顔氏家訓 / 書證
春秋説以人十四心爲德、詩説以二在天下爲酉、漢書以貨泉爲白水眞人、新論以金昆爲銀、國志以天上有口爲呉、晉書以黃頭小人爲恭、宋書以召刀爲邵、參同契以人負告爲造:如此之例、蓋數術謬語、假借依附、雜以戲笑耳。如猶轉貢字爲項、以叱爲匕、安可用此定文字音讀乎?潘、陸諸子離合詩、賦、栻卜、破字經、及鮑昭謎字、皆取會流俗、不足以形聲論之也。
新字:春秋説以人十四心為徳、詩説以二在天下為酉、漢書以貨泉為白水真人、新論以金昆為銀、国志以天上有口為呉、晉書以黄頭小人為恭、宋書以召刀為邵、参同契以人負告為造:如此之例、蓋数術謬語、仮借依附、雑以戯笑耳。如猶転貢字為項、以叱為匕、安可用此定文字音読乎?潘、陸諸子離合詩、賦、栻卜、破字経、及鮑昭謎字、皆取会流俗、不足以形声論之也。
書き下し
春秋説は人と十四と心を以て徳と為し、詩説は二の天下に在るを以て酉と為し、漢書は貨泉を以て白水真人と為し、新論は金昆を以て銀と為し、国志は天の上に口有るを以て呉と為し、晋書は黄頭小人を以て恭と為し、宋書は召刀を以て邵と為し、参同契は人の告を負うを以て造と為す。此くの如きの例は、蓋し数術の謬語にして、仮借依附し、雑うるに戯笑を以てするのみ。猶お貢の字を転じて項と為し、叱を以て匕と為すがごとし。安んぞ此を用いて文字の音読を定むべけんや。潘・陸諸子の離合の詩・賦、栻卜、破字経、及び鮑昭の謎字は、皆な流俗に会するを取る。声形を以て論ずるに足らざるなり。
現代語訳
『春秋説』は「人」と「十四」と「心」を合わせて「徳」とし、『詩説』は「二」が「天下」にあるのを「酉」とし、『漢書』は「貨泉」を「白水真人」とし、『新論』は「金昆」を「銀」とし、『国志』は「天」の上に「口」があるのを「呉」とし、『晋書』は「黄頭小人」を「恭」とし、『宋書』は「召刀」を「邵」とし、『参同契』は「人」が「告」を負うのを「造」とする。こうした例は、みな占術の言葉遊びであって、仮借によりかかり、冗談を混ぜたものにすぎない。ちょうど「貢」の字をひっくり返して「項」とし、「叱」を「匕」とするようなものである。どうしてこれを使って文字の音や読みを定められようか。潘岳や陸機らの離合詩や賦、占いの札、破字経、それに鮑照の謎字は、みな世間受けを狙ったものである。字の音や形の議論の材料にはならない。
解説
この章句が説くこと
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『顔氏家訓』書證簡策の字は、竹下に朿を施す。末代の隷書は、杞・宋の宋に似たり。亦た竹下に遂に夾と為す者有り。猶お刺の字の傍らは応に朿と為すべきに、今も亦た夾に作るがごとし。徐仙民の春秋・礼の音は、遂に筴を以て正字と為し、策を以て音と為す。殊に顛倒と為す。史記には又た悉の字に作るを、誤りて述と為し、妒の字に作るを、誤りて姤と為す。裴・徐・鄒は皆な悉の字を以て述と音し、妒の字を以て姤と音す。既に爾らば、則ち亦た亥を以て豕の字の音と為し、帝を以て虎の字の音と為すべけんや。
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『顔氏家訓』書證世間の小学者は、古今に通ぜず、必ず小篆に依りて、書記を是正す。凡そ爾雅・三蒼・説文は、豈に能く悉く蒼頡の本指を得んや。亦た是れ代に随いて損益し、互いに同異有り。西晋已往の字書、何ぞ全くは非とすべけんや。但だ体例をして成就せしめ、専輒を為さざるのみ。是非を考校するは、特に消息を須つ。「仲尼居」の如きに至りては、三字の中、両字は体に非ず。三蒼は「尼」の傍らに「丘」を益し、説文は「尸」の下に「几」を施す。此くの如きの類、何に由りてか従うべけん。古に二字無く、又た仮借多し。中を以て仲と為し、説を以て悦と為し、召を以て邵と為し、閑を以て閒と為す。此くの如きの徒も、亦た改むるを労せず。
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『顔氏家訓』音辭古今の言語、時俗同じからず。著述の人、楚・夏各おの異なる。蒼頡訓詁は稗を反して逋売と為し、娃を反して於乖と為す。戦国策は刎を音して免と為し、穆天子伝は諫を音して間と為す。説文は戛を音して棘と為し、皿を読みて猛と為す。字林は看を音して口甘の反と為し、伸を音して辛と為す。韻集は成・仍・宏・登を以て合わせて両韻と成し、為・奇・益・石を分かちて四章と作す。李登の声類は系を以て羿と音し、劉昌宗の周官音は乗を読みて承の若しとす。此の例甚だ広し。必ず考校を須つ。前世の反語も、又た多く切ならず。徐仙民の毛詩音は驟を反して在遘と為し、左伝音は椽を切して徒縁と為す。依信すべからざるも、亦た衆しと為す。
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