顔氏家訓 / 省事
王子晉云:『佐饔得嘗、佐鬥得傷。』此言為善則預、為惡則去、不欲黨人非義之事也。凡損於物、皆無與焉。然而窮鳥入懷、仁人所憫、況死士歸我、當棄之乎?伍員之托漁舟、季布之入廣柳、孔融之藏張儉、孫嵩之匿趙岐、前代之所貴、而吾之所行也、以此得罪、甘心瞑目。
新字:王子晉云:『佐饔得嘗、佐鬥得傷。』此言為善則預、為悪則去、不欲党人非義之事也。凡損於物、皆無与焉。然而窮鳥入懐、仁人所憫、況死士帰我、当棄之乎?伍員之托漁舟、季布之入広柳、孔融之蔵張倹、孫嵩之匿趙岐、前代之所貴、而吾之所行也、以此得罪、甘心瞑目。
書き下し
王子晋云う、「饔を佐くれば嘗むるを得、闘を佐くれば傷つくを得」と。此れ善を為さば則ち預り、悪を為さば則ち去り、人の非義の事に党するを欲せざるを言うなり。凡そ物に損ある者は、皆な与ること無かれ。然り而して窮鳥懐に入るは、仁人の憫れむ所なり。況んや死士我に帰するをや。当に之を棄つべけんや。伍員の漁舟に托し、季布の広柳に入り、孔融の張倹を蔵し、孫嵩の趙岐を匿すは、前代の貴ぶ所にして、吾の行う所なり。此を以て罪を得るとも、心に甘んじて目を瞑らん。
現代語訳
王子晋は言った。「料理を手伝えば味わうことができ、喧嘩に加勢すれば傷を負う」。これは、善いことなら関われ、悪いことなら離れよ、人の道に外れた事に加担してはならない、ということを言っている。およそ物事を損なうことには、まったく関わってはならない。しかしながら、窮した鳥が懐に飛び込んでくれば、仁ある人は憐れむものである。まして決死の士が自分を頼って来たなら、これを見捨てられようか。伍子胥が漁師の舟に身を託し、季布が柳の柩に入って逃れ、孔融が張倹を匿い、孫嵩が趙岐を隠したのは、前代の人が尊んだことであり、私も行うことである。それによって罪を得ても、心から納得して目を閉じよう。
解説
関わらないことを原則に据えたうえで、例外を一つだけ認めた一段です。原則は「物に損ある者は、皆な与ること無かれ」。ところが、窮した人が自分を頼って来た場合は別だ、と言う。しかも「此を以て罪を得るとも、心に甘んじて目を瞑らん」——それで罰せられても構わない、と覚悟を明示しています。省事篇は全体として関わりを減らせと説く篇です。その中でこの一段だけが、あえて危険を引き受ける方向を向いている。原則を持つ人が、どこで例外を認めるかは、その人の輪郭そのものです。すべてに関わらない人ではなく、これだけには関わると決めている人が信頼されます。
この章句が説くこと
饔を佐くれば嘗むるを得窮鳥懐に入る死士我に帰す原則と例外臨機応変
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