顔氏家訓 / 終制
先君先夫人皆未還建鄴舊山、旅葬江陵東郭。承聖末、已啟求揚都、欲營遷厝。蒙詔賜銀百兩、已於揚州小郊北地燒磚、便值本朝淪没、流離如此、數十年間、絕於還望。今雖混一、家道罄窮、何由辦此奉營資費?且揚都污毁、無復孑遺、還被下濕、未為得計。自咎自責、貫心刻髓。
新字:先君先夫人皆未還建鄴旧山、旅葬江陵東郭。承聖末、已啟求揚都、欲営遷厝。蒙詔賜銀百両、已於揚州小郊北地焼磚、便值本朝淪没、流離如此、数十年間、絶於還望。今雖混一、家道罄窮、何由辦此奉営資費?且揚都污毁、無復孑遺、還被下湿、未為得計。自咎自責、貫心刻髄。
書き下し
先君先夫人は皆な未だ建鄴の旧山に還らず、旅して江陵の東郭に葬る。承聖の末、已に揚都に求むるを啓し、遷厝を営まんと欲す。詔を蒙りて銀百両を賜り、已に揚州の小郊の北地において磚を焼く。便ち本朝の淪没に値い、流離すること此くの如し。数十年の間、還るの望みを絶つ。今混一すと雖も、家道罄窮す。何に由りてか此の奉営の資費を辦ぜんや。且つ揚都は汚毀し、復た孑遺無し。還た下湿を被り、未だ計を得たりと為さず。自ら咎め自ら責め、心を貫き髄に刻む。
現代語訳
亡き父と母は、どちらもまだ建鄴の先祖の墓所に帰れず、旅先の江陵の東郊に葬られたままである。承聖の末、すでに揚都への改葬を願い出て、移して葬ることを計画した。詔を賜って銀百両を頂き、揚州の小郊の北の地で墓室用の磚を焼いていた。ところがそこで本朝が滅び、このように流浪することになった。数十年のあいだ、帰る望みは絶たれた。今は天下が統一されたとはいえ、家は困窮しきっている。どうしてこの改葬の費用を用意できようか。そのうえ揚都は荒れ果てて、何も残っていない。しかも土地は湿気が多く、よい計画とはいえない。自らを咎め自らを責める思いは、心を貫き骨の髄まで刻まれている。
解説
果たせなかった約束についての記述です。両親を先祖の墓所に帰す計画は、詔を得て銀を賜り、磚まで焼き始めていた。そこで王朝が滅び、数十年が過ぎた。今は天下が統一されたが、家に金がなく、しかも改葬先の土地も荒れている。「自ら咎め自ら責め、心を貫き髄に刻む」。事情はすべて外部にあるのに、自分を責めています。できなかったことを、状況のせいにして終わりにしていない。同時に、なぜできないかを事実として全部書き残しています。責めることと、記録することを両方やっている。
この章句が説くこと
先君先夫人未だ旧山に還らず遷厝を営まんと欲す家道罄窮す自ら咎め自ら責む
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