顔氏家訓 / 風操
陰陽説云:「辰爲水墓、又爲土墓、故不得哭。」王充論衡云:「辰日不哭、哭則重喪。」今無教者、辰日有喪、不問輕重、舉家清謐、不敢發聲、以辭弔客。道書又曰:「晦歌朔哭、皆當有罪、天奪其算。」喪家朔望、哀感彌深、寧當惜壽、又不哭也?亦不諭。
新字:陰陽説云:「辰為水墓、又為土墓、故不得哭。」王充論衡云:「辰日不哭、哭則重喪。」今無教者、辰日有喪、不問軽重、舉家清謐、不敢発声、以辞弔客。道書又曰:「晦歌朔哭、皆当有罪、天奪其算。」喪家朔望、哀感弥深、寧当惜寿、又不哭也?亦不諭。
書き下し
陰陽の説に云う、「辰は水の墓と為し、又た土の墓と為す。故に哭するを得ず」と。王充の論衡に云う、「辰日には哭せず。哭すれば則ち喪を重ぬ」と。今教え無き者は、辰日に喪有れば、軽重を問わず、挙家清謐にして、敢えて声を発せず、以て弔客を辞す。道書に又た曰く、「晦に歌い朔に哭するは、皆な当に罪有るべし。天其の算を奪う」と。喪家の朔望は、哀感弥いよ深し。寧んぞ当に寿を惜しみて、又た哭せざるべけんや。亦た諭らざるなり。
現代語訳
陰陽の説にいう。「辰は水の墓であり、また土の墓でもある。だから泣いてはならない」。王充の『論衡』にいう。「辰の日には泣かない。泣けば喪が重なる」。今の、教えを受けていない者は、辰の日に喪があると、軽重を問わず家じゅう静まりかえって、声を出すことを恐れ、弔問客を断る。道教の書にはまた「晦日に歌い朔日に泣くのは、どちらも罪となる。天がその寿命を削る」とある。喪中の家では朔日や望日にこそ悲しみがいっそう深い。どうして自分の寿命を惜しんで、泣かずにいられるだろうか。これもまた理解しがたい。
解説
暦の吉凶によって泣くことを禁じる俗信を、顔之推は退けます。理屈は単純で、月の初めや満月の日には悲しみがかえって深い。その日に自分の寿命を惜しんで泣かずにいるというのは、話が逆だろう、と。「亦た諭らざるなり」——理解できない、という言い方で切って捨てています。ここで働いているのは、規則と目的を突き合わせる姿勢です。禁忌が守ろうとしているものと、その禁忌が現に潰しているものを比べる。悲しみを表すことを禁じる規則が、悲しみが最も深い日に適用されるなら、それは目的に反している。社内の規則が現場の目的を潰しているとき、同じ検算ができます。
この章句が説くこと
辰日に哭せず晦に歌い朔に哭す亦た諭らざるなり規則と目的の検算
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