顔氏家訓 / 養生
夫生不可不惜、不可茍惜。涉險畏之途、幹禍難之事、貪欲以傷生、讒慝而致死、此君子之所惜哉、行誠孝而見賊、履仁義而得罪、喪身以全家、泯軀而濟國、君子不咎也。
新字:夫生不可不惜、不可茍惜。渉険畏之途、幹禍難之事、貪欲以傷生、讒慝而致死、此君子之所惜哉、行誠孝而見賊、履仁義而得罪、喪身以全家、泯軀而済国、君子不咎也。
書き下し
夫れ生は惜しまざるべからず、苟くも惜しむべからず。険畏の途に渉り、禍難の事を幹し、貪欲以て生を傷り、讒慝にして死を致すは、此れ君子の惜しむ所なるかな。誠孝を行いて賊せられ、仁義を履みて罪を得、身を喪いて以て家を全うし、躯を泯して国を済うは、君子は咎めざるなり。
現代語訳
命は惜しまないわけにはいかないが、かりそめに惜しんでもならない。危険な道に踏み込み、禍いや難儀な事に手を出し、貪欲によって命を損ない、讒言や邪悪によって死を招くのは、これこそ君子が惜しむべきことである。しかし誠実と孝行を行って害され、仁義を踏み行って罪を得、身を犠牲にして家を全うし、命を捨てて国を救うのは、君子は咎めない。
解説
命を惜しむべき場合と、惜しんではならない場合を分けた一段です。基準は死ぬかどうかではなく、何によって死ぬか。貪欲や讒言によって命を落とすのは惜しむべきだが、誠実さや仁義を貫いた結果ならば咎めない。同じ死でも、原因によって評価が正反対になります。「生は惜しまざるべからず、苟くも惜しむべからず」——命は大事だが、命惜しさに何でも避けるのは違う。安全に関する判断の枠組みとして使えます。リスクを取ってはならない場面と、取らねばならない場面を、あらかじめ性質で分けておく。すべてを避けるのも、すべてに突っ込むのも、判断していないことになります。
この章句が説くこと
生は惜しまざるべからず苟くも惜しむべからず貪欲以て生を傷る身を喪いて家を全うすリスクの性質養生
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