顔氏家訓 / 音辭
北人之音、多以舉、莒為矩、唯李季節云:「齊桓公與管仲於臺上謀伐莒、東郭牙望見桓公口開而不閉、故知所言者莒也。然則莒、矩必不同呼。」此為知音矣。
新字:北人之音、多以舉、莒為矩、唯李季節云:「斉桓公与管仲於台上謀伐莒、東郭牙望見桓公口開而不閉、故知所言者莒也。然則莒、矩必不同呼。」此為知音矣。
書き下し
北人の音は、多く挙・莒を以て矩と為す。唯だ李季節のみ云う、「斉の桓公と管仲と台上において莒を伐つを謀る。東郭牙望み見て、桓公の口開きて閉じざるを見る。故に言う所の者は莒なるを知る。然らば則ち莒と矩とは必ず同じくは呼ばざらん」と。此れ音を知ると為すなり。
現代語訳
北方の人の発音では、多く「挙」や「莒」を「矩」と同じに読む。ただ李季節だけがこう言った。「斉の桓公と管仲が台の上で莒を討つ相談をしていた。東郭牙が遠くから見て、桓公の口が開いたまま閉じないのを見た。だから話しているのは『莒』だと分かった。そうであれば、『莒』と『矩』は同じ発音であるはずがない」。これこそ音を知っているというものである。
解説
故事を根拠に、発音の違いを証明した一段です。東郭牙が唇の形から「莒」と読み取れたということは、「莒」は口を開いたまま発音する音だったことになる。「矩」なら口を閉じるので、両者は同じ音ではありえない。文献に残された観察の記述から、当時の発音を逆算しています。直接の記録がなくても、間接的な記述から条件を復元できる。過去の経緯を調べるとき、その件について書かれた資料がなくても、周辺の記録から条件を絞り込める場合があります。李季節のこの推論を、顔之推は「此れ音を知ると為す」と評しました。
この章句が説くこと
挙莒を以て矩と為す口開きて閉じず莒と矩は必ず同じくは呼ばず間接からの復元
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