顔氏家訓 / 書證
或問:「漢書注:『爲元后父名禁、故禁中爲省中。』何故以『省』代『禁』?」答曰:「案:周禮宮正:『掌王宮之戒令糾禁。』鄭注云:『糾、猶割也、察也。』李登云:『省、察也。』張揖云:『省、今省祭(示改言)也。』然則小井、所領二反、並得訓察。其處旣常有禁衞省察、故以『省』代『禁』。祭(示改言)、古察字也。」
新字:或問:「漢書注:『為元后父名禁、故禁中為省中。』何故以『省』代『禁』?」答曰:「案:周礼宮正:『掌王宮之戒令糾禁。』鄭注云:『糾、猶割也、察也。』李登云:『省、察也。』張揖云:『省、今省祭(示改言)也。』然則小井、所領二反、並得訓察。其処旣常有禁衛省察、故以『省』代『禁』。祭(示改言)、古察字也。」
書き下し
或るひと問う、「漢書の注に、『元后の父の名は禁なるが為に、故に禁中を省中と為す』と。何が故に『省』を以て『禁』に代うるや」と。答えて曰く、「案ずるに周礼の宮正に、『王宮の戒令糾禁を掌る』と。鄭注に云う、『糾は、猶お割くがごときなり、察するなり』と。李登云う、『省は、察するなり』と。張揖云う、『省は、今の省察なり』と。然らば則ち小井・所領の二反、並びに察と訓ずるを得。其の処既に常に禁衛省察有り。故に『省』を以て『禁』に代うるなり」と。
現代語訳
ある人が問うた。「『漢書』の注に『元后の父の名が禁であったので、禁中を省中と呼んだ』とある。なぜ『省』で『禁』の代わりにしたのか」。答えて言った。「調べてみると『周礼』の宮正の職に『王宮の戒令や取り締まりを司る』とある。鄭玄の注にいう。『糾とは、切り分けるようなもので、察することである』。李登はいう。『省は察することである』。張揖はいう。『省は今の省察である』。そうであれば、小井の反と所領の反という二つの音が、どちらも『察する』と解される。その場所にはもともと警護と監察が常にある。だから『省』を『禁』の代わりにしたのである」。
解説
忌み名を避けて言い換えるとき、なぜその字が選ばれたのかを解いた一段です。風操篇では「同訓を得て代換す」——同じ意味の字に置き換えよ、という原則が示されていました。ここではその原則の実例が検証されています。禁中は警護と監察の場である。省には察するという意味がある。だから省中でよい。置き換えは恣意的ではなく、意味の重なりに基づいていた。用語を言い換えるとき、なぜその語なのかを説明できるかどうか。説明できる言い換えは定着し、できない言い換えは混乱を残します。
この章句が説くこと
禁中を省中と為す糾は察するなり省は察するなり言い換えの根拠
関連する章句
-
『顔氏家訓』風操凡そ諱を避くる者は、皆な須らく其の同訓を得て以て代換すべし。桓公は名を白と曰い、博に五皓の称有り。厲王は名を長と曰い、琴に修短の目有り。布帛を布皓と謂い、腎腸を腎修と呼ぶを聞かざるなり。梁武の小名は阿練、子孫皆な練を呼びて絹と為す。乃ち銷煉の物を謂いて銷絹の物と為すは、恐らくは其の義に乖かん。或いは云を諱む者有り、紛紜を呼びて紛煙と為す。桐を諱む者有り、梧桐樹を呼びて白鉄樹と為すは、便ち戯笑に似たるのみ。
-
『顔氏家訓』書證或るひと問いて曰く、「東宮旧事は何を以て鴟尾を呼びて祠尾と為すや」と。答えて曰く、「張敞なる者は、呉人なり。甚だしくは古を稽えず。宜しきに随いて記注し、郷俗の訛謬を逐いて、書字を造作するのみ。呉人は祠祀を呼びて鴟祀と為す。故に祠を以て鴟の字に代う。紺を呼びて禁と為す。故に糸の傍らに禁を作りて紺の字に代う。盞を呼びて竹簡の反と為す。故に木の傍らに展を作りて盞の字に代う。鑊の字を呼びて霍の字と為す。故に金の傍らに霍を作りて鑊の字に代う。又た金の傍らに患を作りて鐶の字と為し、木の傍らに鬼を作りて魁の字と為し、火の傍らに庶を作りて炙の字と為し、既の下に毛を作りて髻の字と為し、金花は則ち金の傍らに華を作り、窗扇は則ち木の傍らに扇を作る。諸ろ此くの如きの類は、専輒少なからず。
-
『顔氏家訓』書證礼の王制に云う、「股肱を臝にす」と。鄭注に云う、「衣を揎げて其の臂脛を出だすを謂う」と。今の書は皆な擐甲の擐に作る。国子博士の蕭該云う、「擐は当に揎に作るべし。音は宣。擐は是れ穿著の名にして、臂を出だすの義に非ず」と。字林を案ずるに、蕭の読み是なり。徐爰の音患は、非なり。
-
『顔氏家訓』書證河間の邢芳、吾に語りて云う、「賈誼伝に云う、『日中には必ず熭す』と。注に、『熭は、暴なり』と。曾て人の解して云うを見る、『此れは是れ暴疾の意なり。正に日中は須臾ならず、卒然として便ち昃くを言うのみ』と。此の釈は当と為すか」と。吾邢に謂いて曰く、「此の語は本と太公の六韜に出づ。字書を案ずるに、古者、暴曬の字と暴疾の字とは相い似たり。唯だ下のみ少しく異なる。後人専輒に傍らに日を加うるのみ。日中の時、必ず須らく曝曬すべしと言う。爾らざれば、其の時を失うなり。晋灼已に詳釈有り」と。芳笑いて服して退けり。
-
『顔氏家訓』書證且つ余も亦た専ら説文を以て是と為さざるなり。其の経伝を援引して、今と乖く者有るは、未だ之に従うを敢えてせず。又た相如の封禅の書に曰く、「一茎六穂を庖に導き、双觡共抵の獣を犠とす」と。此の導は択と訓ず。光武の詔に云う、「徒だ豫め養い導び択ぶの労有るのみに非ず」と、是なり。而るに説文に云う、「導は是れ禾の名なり」と。封禅の書を引きて証と為す。妨げ無く自ずから当に禾に導と名づくる有るべきも、相如の用うる所に非ざるなり。「禾の一茎六穂は庖に」とは、豈に文を成さんや。縦い相如の天才鄙拙にして、強いて此の語を為すとも、則ち下句は当に「麟の双觡共抵の獣」と云うべく、犠と云うを得ず。吾嘗て許が純儒にして、文章の体に達せざるを笑う。此くの如きの流は、憑信するに足らず。大抵其の書を為るに、隠括して条例有り、剖析して根源を窮むるに服す。鄭玄の書に注するに、往往に引きて以て証と為す。若し其の説を信ぜずんば、則ち冥冥として一点一画に、何の意有るかを知らざらん。
-
『顔氏家訓』書證漢書に云う、「中外禔福なり」と。字は当に示に従うべし。禔は、安なり。音は匙匕の匙。義は蒼雅・方言に見ゆ。河北の学士は皆な此くの如しと云う。而るに江南の書本は、多く誤りて手に従う。文を属する者の対耦は、並びに提挈の意と為す。恐らくは誤りと為さん。