顔氏家訓 / 風操
今人避諱、更急於古。凡名子者、當爲孫地。吾親識中有諱襄、諱友、諱同、諱清、諱和、諱禹、交疏造次、一座百犯、聞者辛苦、無憀賴焉。
新字:今人避諱、更急於古。凡名子者、当為孫地。吾親識中有諱襄、諱友、諱同、諱清、諱和、諱禹、交疏造次、一座百犯、聞者辛苦、無憀頼焉。
書き下し
今人の諱を避くるは、更に古よりも急なり。凡そ子を名づくる者は、当に孫の地を為すべし。吾が親識の中に、襄を諱み、友を諱み、同を諱み、清を諱み、和を諱み、禹を諱む者有り。交わり疏くして造次なれば、一座に百犯す。聞く者辛苦し、憀頼する無し。
現代語訳
今の人が忌み名を避けるのは、昔よりもいっそう厳しい。およそ子に名をつける者は、孫の代の余地まで考えておくべきである。私の親しい知人の中には、「襄」を避ける人、「友」を避ける人、「同」「清」「和」「禹」を避ける人がいる。付き合いが浅くて不用意に話すと、一つの席で百回も触れてしまう。聞かされるほうは苦しくて、頼るところがない。
解説
「子を名づくる者は、当に孫の地を為すべし」——この一句が実務的です。子に付けた名は、その子孫が避けなければならない字になる。だから、よく使う字を選ぶと、後の世代が日常会話で困る。目の前の子のことだけでなく、二代先の負担まで見て決めろという話です。実際、顔之推の周囲では「友」「同」「清」「和」といった日常語が避諱の対象になり、一つの席で百回も触れてしまうと嘆いています。決定が後の世代に課す制約を計算に入れるという発想は、社名、システム、契約、規程の設計にそのまま当てはまります。いま便利な選択が、後任に何を禁じるかを見ておくことです。
この章句が説くこと
孫の地を為すべし一座に百犯す避諱後任への制約
関連する章句
-
『顔氏家訓』風操劉縧・緩・綏は、兄弟並びに名器と為る。其の父の名は昭なり。一生照の字を為らず、惟だ爾雅に依りて火旁に召を作すのみ。然れども凡そ文の正諱と相い犯すは、当に自ずから避くべし。其の同音異字有るは、悉くは然るべからず。劉の字の下には、即ち昭の音有り。呂尚の児、如し上と為さず、趙壹の子、儻し一と作さざれば、便ち是れ下筆すれば即ち妨ぎ、是の書は皆な触るるなり。
-
『顔氏家訓』風操近ごろ揚都に在り、一士人の審を諱む有り。而して沈氏と交結すること周厚なり。沈其れに書を与うるに、名のみにして姓せず。此れ人情に非ざるなり。
-
『顔氏家訓』後娶身没するの後、辞訟公門に盈ち、謗辱道路に彰る。子は母を誣いて妾と為し、弟は兄を黜けて傭と為す。先人の辞迹を播揚し、祖考の長短を暴露して、以て己を直しとせんことを求むる者、往往にして有り。悲しいかな。古より姦臣佞妾、一言を以て人を陥るる者衆し。況んや夫婦の義、暁夕に之を移すをや。婢僕容れられんことを求め、助けて相い説引す。年を積み月を累ねて、安んぞ孝子有らんや。此れ畏れざるべからず。
-
『顔氏家訓』風操凡そ諱を避くる者は、皆な須らく其の同訓を得て以て代換すべし。桓公は名を白と曰い、博に五皓の称有り。厲王は名を長と曰い、琴に修短の目有り。布帛を布皓と謂い、腎腸を腎修と呼ぶを聞かざるなり。梁武の小名は阿練、子孫皆な練を呼びて絹と為す。乃ち銷煉の物を謂いて銷絹の物と為すは、恐らくは其の義に乖かん。或いは云を諱む者有り、紛紜を呼びて紛煙と為す。桐を諱む者有り、梧桐樹を呼びて白鉄樹と為すは、便ち戯笑に似たるのみ。
-
『顔氏家訓』風操周公は子に名づけて禽と曰い、孔子は児に名づけて鯉と曰う。止だ其の身に在れば、自ずから禁ずる無かるべし。衛侯・魏公子・楚太子の若きに至りては、皆な蟣蝨と名づけ、長卿は犬子と名づけ、王修は狗子と名づく。上に連及する有り、理未だ通と為さず。古の行う所、今の笑う所なり。北土には多く児に名づけて驢駒・豚子と為す者有り。其れをして自ら称し及び兄弟の名づくる所たらしむるは、亦た何ぞ忍びんや。前漢に尹翁帰有り、後漢に鄭翁帰有り、梁家にも亦た孔翁帰有り。又た顧翁寵有り、晋代に許思妣・孟少孤有り。此くの如き名字は、幸わくは当に之を避くべし。
-
『顔氏家訓』風操名位未だ高からずして、如し勲貴の逼る所と為らば、隠忍方便し、速やかに報じて取り了え、煩重ならしむること勿かれ。祖父を感辱するなり。若し没して、言うこと須らく及ぶべき者あらば、則ち容を斂め肅かに坐し、大門中と称す。世父・叔父は則ち従兄弟門中と称し、兄弟は則ち亡き者の子某門中と称す。各おの其の尊卑軽重を以て容色の節と為し、皆な常に変ず。