顔氏家訓 / 雜藝
北朝喪亂之餘、書迹鄙陋、加以專輒造字、猥拙甚於江南。乃以百念為憂、言反為變、不用為罷、追來為歸、更生為蘇、先人為老、如此非一、遍滿經傳。唯有姚元標工於楷隸、留心小學、後生師之者眾。洎于齊末、秘書繕寫、賢於往日多矣。
新字:北朝喪乱之余、書迹鄙陋、加以専輒造字、猥拙甚於江南。乃以百念為憂、言反為変、不用為罷、追来為帰、更生為蘇、先人為老、如此非一、遍満経伝。唯有姚元標工於楷隸、留心小学、後生師之者眾。洎于斉末、秘書繕写、賢於往日多矣。
書き下し
北朝は喪乱の余り、書迹鄙陋なり。加うるに専輒に字を造るを以て、猥拙なること江南よりも甚だし。乃ち百念を以て憂と為し、言反を変と為し、不用を罷と為し、追来を帰と為し、更生を蘇と為し、先人を老と為す。此くの如き一に非ず、遍く経伝に満つ。唯だ姚元標のみ楷隷に工みにして、心を小学に留む。後生の之に師たる者衆し。斉の末に洎びて、秘書の繕写は、往日に賢れること多し。
現代語訳
北朝は戦乱の後で、筆跡が粗末であった。そのうえ勝手に字を作るので、拙劣さは江南よりもひどい。「百」と「念」を合わせて「憂」とし、「言」と「反」で「変」とし、「不」と「用」で「罷」とし、「追」と「来」で「帰」とし、「更」と「生」で「蘇」とし、「先」と「人」で「老」とする。こうしたものが一つや二つではなく、経典や伝にあまねく満ちている。ただ姚元標だけが楷書と隷書に巧みで、文字学に心を留めた。後進で彼に学ぶ者は多かった。北斉の末になって、宮中書庫の書き写しは、以前よりずっと優れたものになった。
解説
意味の部品を組み合わせて新しい字を作る、という自作字の例です。「百」と「念」で「憂」——多くのことを念じるから憂い。理屈としては分かりやすく、覚えやすい。だから広まりました。しかし誰もが自分の理屈で作るので、経典や伝が読めなくなります。分かりやすさは、共有されて初めて価値を持つ。そして最後に救いがあります。姚元標という一人が文字学に心を留め、彼に学ぶ者が増え、やがて書き写しの質が回復した。崩れた基準は、一人の丁寧な仕事から回復することがあります。
この章句が説くこと
百念を以て憂と為す専輒に字を造る姚元標のみ楷隷に工みなり基準の回復
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