顔氏家訓 / 風操
偏傍之書、死有歸殺。子孫逃竄、莫肯在家、畫瓦書符、作諸厭勝、喪出之日、門前然火、戶外列灰、祓送家鬼、章斷注連:凡如此比、不近有情、乃儒雅之罪人、彈議所當加也。
新字:偏傍之書、死有帰殺。子孫逃竄、莫肯在家、画瓦書符、作諸厭勝、喪出之日、門前然火、戸外列灰、祓送家鬼、章断注連:凡如此比、不近有情、乃儒雅之罪人、弾議所当加也。
書き下し
偏傍の書に、死には帰殺有りとす。子孫逃竄して、肯えて家に在る莫し。瓦に画き符を書し、諸の厭勝を作す。喪の出づるの日、門前に火を然やし、戸外に灰を列ね、家鬼を祓い送り、注連を章断す。凡そ此くの如きの比は、有情に近からず。乃ち儒雅の罪人なり。弾議の当に加うべき所なり。
現代語訳
傍流の書物に、人が死ぬと「帰殺」という凶事があるという。それで子孫は逃げ隠れて、誰も家に留まろうとしない。瓦に絵を描き符を書き、さまざまな呪いの術を行う。葬列が出る日には、門前で火を焚き、戸口の外に灰を並べ、家の霊を祓い送り、災いの連鎖を断つ祈祷をする。およそこの類のことは、人の情に近くない。まさに儒学の徒として恥ずべき罪人であり、弾劾されて当然である。
解説
葬儀にまつわる俗信への、この書で最も強い調子の批判です。親が死んだ日に、子孫が凶事を恐れて家から逃げ出す。顔之推が使う物差しは「有情に近からず」——人の情に反する、の一点です。理論的な誤りではなく、情として成り立たないことを理由に退けています。危険を避けるための手続きが、いちばん大事なときにいちばん大事なことをさせなくなる。前段の辰日の禁忌と同じ構造です。安全策や免責のための手続きが積み上がって、現場が本来やるべきことをできなくなっている状況は、どの組織にもあります。手続きが情に反していないかを、時々測ることです。
この章句が説くこと
帰殺厭勝有情に近からず儒雅の罪人手続きの転倒
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