顔氏家訓 / 雜藝
家語曰:「君子不博、為其兼行惡道故也。」論語云:「不有博弈者乎?為之、猶賢乎已。」然則聖人不用博弈為教、但以學者不可常精、有時疲倦、則儻為之、猶勝飽食昏睡、兀然端坐耳。至如吳太子以為無益、命韋昭論之、王肅、葛洪、陶侃之徒、不許目觀手執、此並勤篤之志也。能爾為佳。
新字:家語曰:「君子不博、為其兼行悪道故也。」論語云:「不有博弈者乎?為之、猶賢乎已。」然則聖人不用博弈為教、但以学者不可常精、有時疲倦、則儻為之、猶勝飽食昏睡、兀然端坐耳。至如吳太子以為無益、命韋昭論之、王粛、葛洪、陶侃之徒、不許目観手執、此並勤篤之志也。能爾為佳。
書き下し
家語に曰く、「君子は博せず。其の兼ねて悪道を行うが為の故なり」と。論語に云う、「博弈なる者有らずや。之を為すは、猶お已むに賢れり」と。然らば則ち聖人は博弈を用いて教えと為さず。但だ学ぶ者は常には精なる能わず、時に疲倦有れば、則ち儻し之を為すは、猶お飽食昏睡し兀然端坐するに勝れるのみ。呉の太子の以て益無しと為し、韋昭に命じて之を論ぜしめ、王粛・葛洪・陶侃の徒の、目に観、手に執るを許さざるが如きに至りては、此れ並びに勤篤の志なり。能く爾らば佳と為す。
現代語訳
『孔子家語』にいう。「君子は双六をしない。それが同時に悪い道を行うことになるからである」。『論語』にいう。「双六や囲碁があるではないか。それをするのは、何もしないよりはましだ」。そうであれば、聖人は双六や囲碁を教えとして用いてはいない。ただ学ぶ者はいつも精を出せるわけではなく、疲れることもあるから、そんなときにやってみるのは、腹いっぱい食べて眠りこけたり、ぼんやり座っているよりはましだというだけである。呉の太子が益がないとして韋昭に論じさせたこと、王粛・葛洪・陶侃らが目で見ることも手に取ることも許さなかったことに至っては、これはみな勤勉篤実の志である。そうできれば結構なことだ。
解説
遊戯の位置づけを、二つの経典の食い違いから解いた一段です。『家語』は禁じ、『論語』は「何もしないよりまし」という。顔之推はこれを、推奨と許容の違いとして整理します。聖人は教えとして勧めてはいない。ただ疲れたときに、寝てしまうよりはましだと言っただけだ。そのうえで、まったくやらない人を「勤篤の志」として上に置く。禁止でも推奨でもなく、順位を付けています。何かを扱うとき、禁じるか勧めるかの二択にせず、望ましい順に並べる。そのほうが実際の判断に使えます。
この章句が説くこと
君子は博せず之を為すは猶お已むに賢れり飽食昏睡に勝れり順位を付ける
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論語・陽貨篇子曰く、飽食終日、心を用うる所無きは、難いかな。博弈なる者有らずや。之を為すは、猶お已むに賢れり。
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