顔氏家訓 / 風操
兵兇戰危、非安全之道。古者、天子喪服以臨師、將軍鑿兇門而出。父祖伯叔、若在軍陣、貶損自居、不宜奏樂燕會及婚冠吉慶事也。若居圍城之中、憔悴容色、除去飾玩、常爲臨深履薄之狀焉。父母疾篤、醫雖賤雖少、則涕泣而拜之、以求哀也。梁孝元在江州、嘗有不豫、世子方等親拜中兵參軍李猷焉。
新字:兵兇戦危、非安全之道。古者、天子喪服以臨師、将軍鑿兇門而出。父祖伯叔、若在軍陣、貶損自居、不宜奏楽燕会及婚冠吉慶事也。若居囲城之中、憔悴容色、除去飾玩、常為臨深履薄之状焉。父母疾篤、医雖賤雖少、則涕泣而拝之、以求哀也。梁孝元在江州、嘗有不予、世子方等親拝中兵参軍李猷焉。
書き下し
兵は兇、戦は危なり。安全の道に非ず。古者、天子は喪服して以て師に臨み、将軍は兇門を鑿ちて出づ。父祖伯叔、若し軍陣に在らば、貶損して自ら居り、宜しく楽を奏し燕会し及び婚冠吉慶の事をなすべからず。若し囲城の中に居らば、容色を憔悴し、飾玩を除き去り、常に深きに臨み薄きを履むの状を為す。父母の疾篤ければ、医は賤しと雖も少しと雖も、則ち涕泣して之を拝し、以て哀れみを求むるなり。梁の孝元江州に在り、嘗て不予有り。世子方等親しく中兵参軍の李猷を拝せり。
現代語訳
武器は不吉なものであり、戦いは危険である。安全への道ではない。昔は、天子は喪服を着て軍に臨み、将軍は不吉の門を穿って出陣した。父や祖父、伯父叔父が戦場にあるなら、身を慎んで控えめに暮らし、音楽を奏でたり宴を開いたり、婚礼や元服などの祝い事をしてはならない。もし包囲された城の中にいるなら、顔色をやつれさせ、飾りや玩具を取り払い、常に深淵に臨み薄氷を踏むような態度でいる。父母の病が重ければ、医者が身分の低い者であろうと年若かろうと、涙を流して拝み、憐れみを求める。梁の元帝が江州にいたとき、病にかかったことがあった。世子の方等は自ら中兵参軍の李猷を拝した。
解説
身内が危険な状況にあるときの振る舞いを定めた一段です。二つの場面が挙げられています。一つは戦場——祝い事をせず、身を慎む。もう一つは病——医者が身分の低い若者であっても、涙を流して頭を下げる。共通するのは、平時の序列を状況に応じて停止することです。ふだんは目下の医者に、王の世子が頭を下げる。命が関わる場では、身分ではなく能力を持つ者が上に来ます。組織でも、危機のときに肩書と実力の順序を入れ替えられるかどうかが問われます。ふだん偉い人が、必要な技術を持つ若手に頭を下げられるか。それができない組織は、危機の場で最善の手を打てません。
この章句が説くこと
兵は兇戦は危なり兇門を鑿つ医を涕泣して拝す序列の停止
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