顔氏家訓 / 治家
世間名士、但務寬仁、至於飲食饟饋、僮僕減損、施惠然諾、妻子節量、狎侮賓客、侵耗鄉黨:此亦爲家之巨蠹矣。
新字:世間名士、但務寛仁、至於飲食饟饋、僮僕減損、施恵然諾、妻子節量、狎侮賓客、侵耗鄉党:此亦為家之巨蠹矣。
書き下し
世間の名士、但だ寛仁を務むるのみ。飲食饟饋に至りては、僮僕減損し、施恵然諾は、妻子節量し、賓客を狎侮し、郷党を侵耗す。此れも亦た家を為むるの巨蠹なり。
現代語訳
世間の名士たちは、ただ寛大で情け深くあろうとするばかりである。その結果、食事や贈り物については使用人が勝手に削り取り、施しや約束したことは妻子が勝手に量を減らす。客をなれなれしく侮り、近隣の人々から掠め取る。これもまた家を治めるうえでの大きな害虫である。
解説
前段の「厳しすぎ」と対になる、「甘すぎ」の害です。当主が寛大でいるだけだと、実際の運用は下の者が握ります。食事や贈答は使用人が抜き、約束した施しは妻子が減らす。当主の善意は看板だけになり、現場では別のことが起きている。しかも外から見れば、それは当主の名でなされた行為です。「巨蠹」——大きな害虫という言葉が的確で、外からは分かりにくく、内側から食い荒らす。権限を委ねること自体は正しいのですが、寛大さと放任は違います。委ねた後に何が起きているかを見に行かない寛大さは、名前を貸しているのと同じです。
この章句が説くこと
寛仁のみを務む僮僕減損家の巨蠹寛大と放任
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