顔氏家訓 / 兄弟
兄弟不睦、則子侄不愛、子侄不愛、則羣從疏薄、羣從疏薄、則僮僕爲讎敵矣。如此、則行路皆踖其面而蹈其心、誰救之哉?人或交天下之士、皆有歡愛、而失敬於兄者、何其能多而不能少也!人或將數萬之師、得其死力、而失恩於弟者、何其能疏而不能親也!
新字:兄弟不睦、則子侄不愛、子侄不愛、則羣従疏薄、羣従疏薄、則僮僕為讎敵矣。如此、則行路皆踖其面而蹈其心、誰救之哉?人或交天下之士、皆有歓愛、而失敬於兄者、何其能多而不能少也!人或将数万之師、得其死力、而失恩於弟者、何其能疏而不能親也!
書き下し
兄弟睦まじからざれば、則ち子姪愛せず。子姪愛せざれば、則ち群従疏薄す。群従疏薄すれば、則ち僮僕讎敵と為る。此くの如くんば、則ち行路も皆な其の面を踖み其の心を蹈まん。誰か之を救わんや。人或いは天下の士と交わり、皆な歓愛有るも、兄に敬を失う者あり。何ぞ其れ能く多くして能く少なくせざるや。人或いは数万の師を将い、其の死力を得るも、弟に恩を失う者あり。何ぞ其れ能く疏にして能く親しくせざるや。
現代語訳
兄弟が仲睦まじくなければ、その子や甥たちも互いを愛さない。子や甥が愛し合わなければ、いとこたちの間柄はうすくなる。いとこたちがうすくなれば、使用人までが敵同士になる。こうなれば、通りすがりの他人までがその顔を踏み心を踏みつけるだろう。誰が救えるものか。天下の士と交わって誰とも仲良くしているのに、実の兄には敬意を欠く者がいる。多くの人とはできるのに、なぜ少ない人とはできないのか。数万の軍を率いて兵たちの決死の働きを引き出せるのに、実の弟には情を欠く者がいる。遠い相手にはできるのに、なぜ近い相手にはできないのか。
解説
「能く多くして能く少なくせず」「能く疏にして能く親しくせず」——この二句が刺さります。天下の士と交われる社交性があるのに、兄一人に敬意を払えない。数万の兵の死力を引き出せる統率力があるのに、弟一人に情をかけられない。能力の問題ではないと分かります。遠い相手には型どおりの礼で足りますが、近い相手には積年の感情が混じるので、同じ型が使えない。だから難しい。しかも兄弟の不仲は、子の世代、いとこ、使用人へと伝染し、最後は外部から侮られる。組織の分裂も、たいていはトップ二人の不仲から下へ広がります。外向きの人望を誇る前に、いちばん近い一人に礼を尽くせているかどうかです。
この章句が説くこと
能く多くして能く少なくせず群従疏薄僮僕讎敵と為る近しい相手への礼率先垂範人間関係
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