顔氏家訓 / 雜藝
及星文風氣、率不勞為之。吾嘗學六壬式、亦值世閒好匠、聚得龍首、金匱、玉軨變、玉曆十許種書、討求無驗、尋亦悔罷。凡陰陽之術、與天地俱生、亦吉凶德刑、不可不信、但去聖既遠、世傳術書、皆出流俗、言辭鄙淺、驗少妄多。至如反支不行、竟以遇害、歸忌寄宿、不免凶終:拘而多忌、亦無益也。
新字:及星文風気、率不労為之。吾嘗学六壬式、亦值世閒好匠、聚得竜首、金匱、玉軨変、玉暦十許種書、討求無験、尋亦悔罷。凡陰陽之術、与天地倶生、亦吉凶徳刑、不可不信、但去聖既遠、世伝術書、皆出流俗、言辞鄙浅、験少妄多。至如反支不行、竟以遇害、帰忌寄宿、不免凶終:拘而多忌、亦無益也。
書き下し
星文風気に及びては、率ね為すを労せず。吾嘗て六壬式を学ぶ。亦た世間の好匠に値い、龍首・金匱・玉軨変・玉暦十許種の書を聚め得たり。討求するも験無く、尋いで亦た悔いて罷む。凡そ陰陽の術は、天地と俱に生ず。亦た吉凶徳刑にして、信ぜざるべからず。但だ聖を去ること既に遠く、世に伝わる術書は、皆な流俗より出づ。言辞鄙浅にして、験少なく妄多し。反支不行するに、竟に以て害に遇い、帰忌寄宿するに、凶終を免れざるが如きに至りては、拘りて忌み多きは、亦た益無きなり。
現代語訳
星の運行や風気の占いに至っては、おおむね手をかけるまでもない。私はかつて六壬式を学んだ。世間の優れた師にも出会い、『龍首』『金匱』『玉軨変』『玉暦』など十種ほどの書を集めた。探究しても効き目がなく、まもなく悔いてやめた。およそ陰陽の術は、天地とともに生まれたものである。吉凶や徳刑にも関わるので、信じないわけにはいかない。ただ聖人の時代から遠く隔たり、世に伝わる術書はみな俗世から出たものである。言葉は粗末で浅く、当たることは少なく出まかせが多い。反支の日に出発を控えたのに結局は害に遭い、帰忌の日に他所へ泊まったのに凶事を免れなかった、というのに至っては、こだわって忌み事を増やしても、何の益もない。
解説
顔之推が自分で試して、やめた記録です。優れた師にも会い、書物を十種ほど集めて探究した。それでも効き目がなかったので、悔いてやめた。批判する前に自分で確かめている点が重要です。そして結論も慎重で、陰陽の術そのものを否定はしません。伝わっている術書の質が悪いのだ、と原因を限定します。そのうえで、忌み事を守って結局は害に遭った例を挙げ、こだわっても益はないと結ぶ。試して、原因を特定して、やめる。自分が投じた時間を惜しんで続けてしまう人が多い中で、悔いてやめると書けるのは強さです。
この章句が説くこと
六壬式を学ぶ討求するも験無く尋いで悔いて罷む拘りて忌み多きは益無しやめる判断
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