顔氏家訓 / 勉學
人生小幼、精神專利、長成已後、思慮散逸、固須早教、勿失機也。吾七歲時、誦靈光殿賦、至于今日、十年一理、猶不遺忘、二十之外、所誦經書、一月廢置、便至荒蕪矣。然人有坎壈、失於盛年、猶當晚學、不可自棄。
新字:人生小幼、精神専利、長成已後、思慮散逸、固須早教、勿失機也。吾七歳時、誦霊光殿賦、至于今日、十年一理、猶不遺忘、二十之外、所誦経書、一月廃置、便至荒蕪矣。然人有坎壈、失於盛年、猶当晩学、不可自棄。
書き下し
人生れて小幼なれば、精神専利なり。長成して已後は、思慮散逸す。固より早く教えて、機を失う勿かるべし。吾七歳の時、霊光殿賦を誦す。今日に至るまで、十年に一たび理むるも、猶お遺忘せず。二十の外は、誦する所の経書、一月廃置すれば、便ち荒蕪に至る。然れども人に坎壈有りて、盛年を失う。猶お当に晩く学ぶべく、自ら棄つべからず。
現代語訳
人が生まれて幼いうちは、精神が集中して鋭い。成長した後は、思考が散り散りになる。だからもともと早く教えて、その好機を逃してはならない。私は七歳のとき『霊光殿賦』を暗唱した。今日に至るまで、十年に一度おさらいするだけでも、忘れずにいる。二十歳を過ぎてから暗唱した経書は、一か月放っておくと、すっかり荒れ果ててしまう。とはいえ、人には行き詰まりがあって、盛りの年を逃すこともある。それでも遅れて学ぶべきであり、自分を見捨ててはならない。
解説
早期教育の効用を、自分の記憶力の実感で語った一段です。七歳で覚えた賦は十年に一度復習するだけで残るが、二十を過ぎて覚えたものは一か月放置すると消える。この差は誰にも覚えがあるでしょう。ただし顔之推はここで終わりません。「人に坎壈有りて、盛年を失う」——事情があって適齢期を逃す人がいる。その人に対しては「猶お当に晩く学ぶべく、自ら棄つべからず」と続けます。早いほうが有利だという事実と、遅れた人が諦めるべきだという結論は別物です。この切り分けをした直後、次の段で遅く学んだ人の実例が並びます。
この章句が説くこと
精神専利霊光殿賦一月廃置すれば荒蕪に至る自ら棄つべからず学び学問
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