顔氏家訓 / 名實
鄴下有一少年、出為襄國令、頗自勉篤。公事經懷、每加撫恤、以求聲譽。凡遣兵役、握手送離、或齎梨棗餅餌、人人贈別、云:「上命相煩、情所不忍、道路饑渴、以此見思。」民庶稱之、不容於口。及遷為泗州別駕、此費日廣、不可常周、一有偽情、觸塗難繼、功績遂損敗矣。
新字:鄴下有一少年、出為襄国令、頗自勉篤。公事経懐、毎加撫恤、以求声誉。凡遣兵役、握手送離、或齎梨棗餅餌、人人贈別、云:「上命相煩、情所不忍、道路饑渴、以此見思。」民庶称之、不容於口。及遷為泗州別駕、此費日広、不可常周、一有偽情、触塗難継、功績遂損敗矣。
書き下し
鄴下に一少年有り、出でて襄国の令と為る。頗る自ら勉篤たり。公事懐いを経れば、毎に撫恤を加え、以て声誉を求む。凡そ兵役を遣わすに、手を握りて離を送り、或いは梨棗餅餌を齎し、人人に贈別して云う、「上命相い煩わす。情に忍びざる所なり。道路の飢渇、此を以て思わるべし」と。民庶之を称し、口に容れず。泗州の別駕に遷るに及び、此の費日に広く、常には周くすべからず。一たび偽情有れば、途に触れて継ぎ難く、功績遂に損敗せり。
現代語訳
鄴に一人の若者がいて、地方に出て襄国の令となった。かなり自分から励み努めた。公務が心にかかると、そのたびに人々をいたわり慰め、それによって評判を求めた。兵役に人を送り出すときは、手を握って別れを惜しみ、あるいは梨や棗や餅や菓子を持たせ、一人ひとりに贈って言った。「上からの命令でご迷惑をかけます。忍びないことです。道中の飢えと渇きに、これで私を思い出してください」。人々は彼を褒めそやし、口に含みきれないほどだった。泗州の別駕に転任すると、この費用が日に日にかさみ、いつも全員に行き渡らせることができなくなった。ひとたび偽りの情が見えてしまうと、何かにつけて続けられなくなり、功績はついに損なわれてしまった。
解説
善行が評判を目的にしていたために、規模が変わった途端に破綻した話です。小さな県では一人ひとりに菓子を渡せた。大きな州では費用が追いつかず、渡せる人と渡せない人が出た。そこで「偽情」——本心ではなかったことが露見します。もし本当に情から出ていれば、規模に応じてやり方を変えればよかった。しかし手法そのものが評判の装置だったので、続けられなくなった時点で全部が崩れました。良い施策を始めるとき、規模が十倍になっても続けられるかを先に考える。続けられない善行は、やめた瞬間に不信に変わります。
この章句が説くこと
手を握りて離を送る一たび偽情有り途に触れて継ぎ難し続けられる善行
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