顔氏家訓 / 風操
昔者、王侯自稱孤、寡、不谷、自茲以降、雖孔子聖師、與門人言皆稱名也。後雖有臣僕之稱、行者蓋亦寡焉。江南輕重、各有謂號、具諸書儀、北人多稱名者、乃古之遺風、吾善其稱名焉。
新字:昔者、王侯自称孤、寡、不谷、自茲以降、雖孔子聖師、与門人言皆称名也。後雖有臣僕之称、行者蓋亦寡焉。江南軽重、各有謂号、具諸書儀、北人多称名者、乃古之遺風、吾善其称名焉。
書き下し
昔は、王侯自ら孤・寡・不穀と称す。茲より以降、孔子聖師と雖も、門人と言うに皆な名を称するなり。後に臣僕の称有りと雖も、行う者蓋し亦た寡なし。江南の軽重は、各おの謂号有り、諸を書儀に具う。北人は多く名を称する者、乃ち古の遺風なり。吾は其の名を称するを善しとす。
現代語訳
昔は王侯が自分を「孤」「寡」「不穀」と称した。それより後は、孔子のような聖なる師でさえ、門人と話すときはみな自分の名を言った。後になって「臣」「僕」といった自称も生まれたが、行う者は少なかった。江南では相手との軽重によってそれぞれ自称の呼び方があり、書式の手引きに詳しく載っている。北方の人は多く自分の名を言うが、これはむしろ古い風習の名残である。私は名を言うほうを善しとする。
解説
自称の話です。江南では相手との上下に応じて自称を細かく使い分け、そのための手引書まである。北方は単純に自分の名を言う。顔之推は北方を採りました。理由は「古の遺風」——孔子も門人に対して自分の名を言った、という先例です。ここで見えるのは、細分化された作法より単純な作法のほうが古く、正しい場合があるという指摘です。区別が細かくなるのは洗練ではなく、後から増えた枝である場合が多い。組織の呼称、稟議の様式、承認の段階も、増えていくのが自然で、増えたものが本来の姿だとは限りません。時々、いちばん古い形に戻して確かめる価値があります。
この章句が説くこと
孤寡不穀名を称する古の遺風細分化と単純化敬意一貫性
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