顔氏家訓 / 治家
吾家巫覡禱請、絶於言議、符書章醮亦無祈焉、並汝曹所見也。勿爲妖妄之費。
新字:吾家巫覡禱請、絶於言議、符書章醮亦無祈焉、並汝曹所見也。勿為妖妄之費。
書き下し
吾が家の巫覡禱請は、言議に絶ゆ。符書章醮も亦た祈る無し。並びに汝曹の見る所なり。妖妄の費を為すこと勿かれ。
現代語訳
我が家では巫女や祈祷師に願をかけることは、話題にもしない。護符や道教の儀式に祈ることもない。どちらもお前たちが見てきたとおりである。怪しく根拠のないものに費用をかけてはならない。
解説
治家篇の結びです。三十五字で、我が家では祈祷も護符もやらない、と言い切ります。そして根拠として挙げるのが「並びに汝曹の見る所なり」——お前たちが見てきたとおりだ、の一点です。理屈で説得していません。何十年もそうしてきた事実を示すだけ。家の方針は、説明ではなく実際に何をしてきたかで伝わります。子は親の説明ではなく、親が何をしなかったかを見ている。組織の方針も同じで、掲げた言葉より、実際に何に金を使い、何に使わなかったかで伝わります。
この章句が説くこと
巫覡禱請は言議に絶ゆ符書章醮も亦た祈る無し妖妄の費を為す勿かれ行いで示す率先垂範
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