顔氏家訓 / 風操
凡避諱者、皆須得其同訓以代換之:桓公名白、博有五皓之稱、厲王名長、琴有修短之目。不聞謂布帛爲布皓、呼腎腸爲腎修也。梁武小名阿練、子孫皆呼練爲絹、乃謂銷煉物爲銷絹物、恐乖其義。或有諱云者、呼紛紜爲紛煙、有諱桐者、呼梧桐樹爲白鐵樹、便似戲笑耳。
新字:凡避諱者、皆須得其同訓以代換之:桓公名白、博有五皓之称、厲王名長、琴有修短之目。不聞謂布帛為布皓、呼腎腸為腎修也。梁武小名阿練、子孫皆呼練為絹、乃謂銷煉物為銷絹物、恐乖其義。或有諱云者、呼紛紜為紛煙、有諱桐者、呼梧桐樹為白鉄樹、便似戯笑耳。
書き下し
凡そ諱を避くる者は、皆な須らく其の同訓を得て以て代換すべし。桓公は名を白と曰い、博に五皓の称有り。厲王は名を長と曰い、琴に修短の目有り。布帛を布皓と謂い、腎腸を腎修と呼ぶを聞かざるなり。梁武の小名は阿練、子孫皆な練を呼びて絹と為す。乃ち銷煉の物を謂いて銷絹の物と為すは、恐らくは其の義に乖かん。或いは云を諱む者有り、紛紜を呼びて紛煙と為す。桐を諱む者有り、梧桐樹を呼びて白鉄樹と為すは、便ち戯笑に似たるのみ。
現代語訳
およそ忌み名を避けるときは、同じ意味の字を得て置き換えなければならない。斉の桓公の名が「白」だったので、双六の白い駒を「五皓」と呼んだ。楚の厲王の名が「長」だったので、琴の調子に「修短」という言い方があった。しかし布帛を「布皓」と言い、腎腸を「腎修」と呼ぶとは聞いたことがない。梁の武帝の幼名が阿練だったので、子孫はみな「練」を「絹」と言い換えた。しかし金属を溶かす「銷煉」を「銷絹」と言い換えるのは、意味から外れてしまう。また「云」の字を避ける人が、「紛紜」を「紛煙」と呼ぶ。「桐」を避ける人が、梧桐の木を「白鉄樹」と呼ぶ。これはもう笑い話でしかない。
解説
言い換えのルールを論じた一段です。原則は「同訓を得て代換す」——同じ意味の字に置き換える。白を皓に、長を修に置き換えるのは、意味が同じだから成立します。ところが、字が同じというだけで文脈の違う語まで一律に置き換えると、意味が壊れる。「銷煉」を「銷絹」にしたら金属を溶かす話が絹の話になってしまう。梧桐を白鉄樹と呼ぶに至っては笑い話です。用語の置き換えは組織でも頻繁に起こります。禁止語を決めて機械的に置換すると、本来の意味が伝わらなくなる。言い換えは字面ではなく意味の単位で行うこと、という技術的な指摘です。
この章句が説くこと
同訓を得て代換す五皓銷絹の物言い換えの単位
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