顔氏家訓 / 書證
古樂府歌百里奚詞曰:「百里奚、五羊皮。憶別時、烹伏雌、吹扊(上戸下多)、今日富貴忘我爲!」「吹」當作炊煮之「炊」。案:蔡邕月令章句曰:「鍵、關牡也、所以止扉、或謂之剡移。」然則當時貧困、並以門牡木作薪炊耳。聲類作扊、又或作扂。
新字:古楽府歌百里奚詞曰:「百里奚、五羊皮。憶別時、烹伏雌、吹扊(上戸下多)、今日富貴忘我為!」「吹」当作炊煮之「炊」。案:蔡邕月令章句曰:「鍵、関牡也、所以止扉、或謂之剡移。」然則当時貧困、並以門牡木作薪炊耳。声類作扊、又或作扂。
書き下し
古楽府の百里奚を歌う詞に曰く、「百里奚、五羊の皮。別るる時を憶う、伏雌を烹、扊扅を吹く。今日富貴にして我を忘るるを為す」と。「吹」は当に炊煮の「炊」に作るべし。案ずるに、蔡邕の月令章句に曰く、「鍵は、関の牡なり、扉を止むる所以なり。或いは之を剡移と謂う」と。然らば則ち当時貧困にして、並びに門の牡木を以て薪と作して炊ぐのみ。声類は扊に作り、又た或いは扂に作る。
現代語訳
古い楽府の百里奚を歌った詞にいう。「百里奚、五枚の羊の皮。別れたときを思い出す。抱いていた雌鶏を煮て、門のかんぬきを焚いた。今日は富貴になって私を忘れておいでか」。「吹」は炊事の「炊」とすべきである。調べてみると、蔡邕の『月令章句』にいう。「鍵とは門のかんぬきで、扉を止めるものである。あるいはこれを剡移という」。そうであれば、当時貧しくて、門のかんぬきの木まで薪にして煮炊きしたということである。『声類』では扊と書き、あるいは扂とも書く。
解説
「扊扅を吹く」を「炊く」と直すことで、場面が像を結ぶ一段です。夫を送り出す日、家には食べるものがなく、飼っていた雌鶏を潰し、燃やす薪もないので門のかんぬきを外して火にくべた。そこまでして送り出した夫が、出世して自分を忘れている。一字を直すだけで、その日の台所が見えてきます。文献の校訂は細かい作業に見えますが、直った先に人の姿が現れる。細部の正確さは、それ自体が目的ではなく、そこに何があったかを見えるようにするためのものです。記録を正確に残す意味も同じところにあります。
この章句が説くこと
百里奚五羊の皮伏雌を烹扊扅を炊く門の牡木を薪と作す細部の先に見えるもの
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