顔氏家訓 / 勉學
書曰:「好問則裕。」禮云:「獨學而無友、則孤陋而寡聞。」蓋須切磋相起明也。見有閉門讀書、師心自是、稠人廣坐、謬誤差失者多矣。穀梁傳稱公子友與莒挐相搏、左右呼曰「孟勞」。「孟勞」者、魯之寶刀名、亦見廣雅。近在齊時、有姜仲岳謂:「『孟勞』者、公子左右、姓孟名勞、多力之人、為國所寶。」與吾苦諍。時清河郡守邢峙、當世碩儒、助吾證之、赧然而伏。
新字:書曰:「好問則裕。」礼云:「独学而無友、則孤陋而寡聞。」蓋須切磋相起明也。見有閉門読書、師心自是、稠人広坐、謬誤差失者多矣。穀梁伝称公子友与莒挐相搏、左右呼曰「孟労」。「孟労」者、魯之宝刀名、亦見広雅。近在斉時、有姜仲岳謂:「『孟労』者、公子左右、姓孟名労、多力之人、為国所宝。」与吾苦諍。時清河郡守邢峙、当世碩儒、助吾証之、赧然而伏。
書き下し
書に曰く、「問うを好めば則ち裕かなり」と。礼に云う、「独り学びて友無ければ、則ち孤陋にして寡聞なり」と。蓋し切磋して相い起こし明らかにするを須つなり。閉門読書し、心を師として自ら是とし、稠人広座にして、謬誤差失する者多きを見る。穀梁伝に公子友と莒挐と相い搏つを称し、左右呼びて「孟労」と曰う。「孟労」なる者は、魯の宝刀の名なり。亦た広雅に見ゆ。近ごろ斉に在りし時、姜仲岳有りて謂う、「孟労なる者は、公子の左右、姓は孟、名は労、多力の人にして、国の宝とする所なり」と。吾と苦諍す。時に清河郡守の邢峙、当世の碩儒なり。吾を助けて之を証す。赧然として伏せり。
現代語訳
『書経』にいう。「問うことを好めば知識は豊かになる」。『礼記』にいう。「独りで学んで友がいなければ、視野が狭く聞くところも少ない」。思うに、互いに磨き合って引き出し明らかにすることが必要なのである。門を閉ざして読書し、自分の考えを師として正しいと思い込み、大勢の集まる席で誤りを犯す者を多く見てきた。『穀梁伝』に、公子友と莒挐が組み打ちをしたとき、左右の者が「孟労」と叫んだとある。「孟労」とは魯の宝刀の名である。『広雅』にも見える。近ごろ北斉にいたとき、姜仲岳という者が言った。「孟労とは公子の側近で、姓は孟、名は労、力の強い人物で、国の宝とされた者だ」。そう言って私と激しく論争した。当時、清河郡守の邢峙は当代の大学者であった。彼が私を助けて証明してくれた。姜仲岳は赤面して屈服した。
解説
この章句が説くこと
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