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顔氏家訓 / 風操

若與君言、雖變於色、猶云亡祖亡伯亡叔也。吾見名士、亦有呼其亡兄弟爲兄子弟子門中者、亦未爲安貼也。北土風俗、都不行此。太山羊侃、梁初入南、吾近至鄴、其兄子肅訪侃委曲、吾答之云:「卿從門中在梁、如此如此。」肅曰:「是我親第七亡叔、非從也。」祖孝徵在坐、先知江南風俗、乃謂之云:「賢從弟門中、何故不解?」

新字:若与君言、雖変於色、猶云亡祖亡伯亡叔也。吾見名士、亦有呼其亡兄弟為兄子弟子門中者、亦未為安貼也。北土風俗、都不行此。太山羊侃、梁初入南、吾近至鄴、其兄子粛訪侃委曲、吾答之云:「卿従門中在梁、如此如此。」粛曰:「是我親第七亡叔、非従也。」祖孝徴在坐、先知江南風俗、乃謂之云:「賢従弟門中、何故不解?」

書き下し

若し君と言わば、色を変ずと雖も、猶お亡祖・亡伯・亡叔と云うなり。吾名士を見るに、亦た其の亡兄弟を呼びて兄子・弟子門中と為す者有り。亦た未だ安貼と為さざるなり。北土の風俗は、都て此を行わず。太山の羊侃、梁初に南に入る。吾近ごろ鄴に至り、其の兄の子肅、侃の委曲を訪ぬ。吾之に答えて云う、「卿の従門中は梁に在り、此くの如く此くの如し」と。粛曰く、「是れ我が親の第七の亡叔なり、従に非ず」と。祖孝徴座に在り、先に江南の風俗を知る。乃ち之に謂いて云う、「賢従弟門中なり、何が故に解せざる」と。

現代語訳

もし君主と話すときは、表情は変えるとしても、やはり「亡祖」「亡伯」「亡叔」と言う。私が見た名士の中には、亡くなった兄弟を「兄の子門中」「弟の子門中」と呼ぶ者もいる。これも落ち着きのよい言い方とは言えない。北方の風俗では、まったくこうしたことを行わない。太山の羊侃は梁の初めに南へ渡った。私は近ごろ鄴に行き、その兄の子である羊粛が羊侃の詳しい事情を尋ねてきた。私はこう答えた。「あなたの『従門中』は梁におられて、これこれでした」。粛は言った。「それは私の実の第七の叔父です。従ではありません」。祖孝徴が同席していて、あらかじめ江南の風俗を知っていた。そこで粛に言った。「『賢従弟門中』という言い方なのだ。どうして分からないのか」。

解説

南北の呼称の違いが、実際の会話で通じなかった場面です。顔之推は江南式に婉曲な呼び方をしたが、北方育ちの羊粛には通じず、「従ではなく実の叔父です」と訂正されてしまった。同席していた祖孝徴が江南の風習を知っていたので、通訳して事なきを得ました。作法の話でありながら、実質は通訳の話です。丁寧な言い方が、相手の文化圏では単に意味不明になる。顔之推はこれを自分の失敗として書いています。海外や異業種との仕事でそのまま起こることです。自分の側の丁寧さが、相手にとっては情報の欠落になる。誰かが橋を渡す役をしていることに気づけるかどうかも含めて、示唆のある一段です。

この章句が説くこと

羊侃羊粛賢従弟門中祖孝徴通じない丁寧さ敬意

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