顔氏家訓 / 歸心
江陵高偉、隨吾入齊、凡數年、向幽州澱中捕魚。後病、每見群魚嚙之而死。
新字:江陵高偉、随吾入斉、凡数年、向幽州澱中捕魚。後病、毎見群魚嚙之而死。
書き下し
江陵の高偉は、吾に随いて斉に入る。凡そ数年、幽州の澱中に向かいて魚を捕らう。後に病み、毎に群魚の之を嚙むを見て死せり。
現代語訳
江陵の高偉は、私に従って北斉に入った。数年のあいだ、幽州の沼で魚を捕って暮らした。後に病を得て、いつも群れをなす魚が自分を噛むのを見ながら死んだ。
解説
三十四字の記録です。高偉は顔之推とともに北へ移った人で、数年間、沼で魚を捕って暮らしました。顔之推はその生業を非難していません。ただ、その最期を記しただけです。前後の説話が悪辣な人物を描いているのに対し、この段は身近な同行者の話で、しかも生業として魚を捕っていただけです。それでも同じ枠で語られている。因果応報の説話が持つ苛酷さが、ここに出ています。生きるために必要だった行為も、同じ物差しで測られてしまう。教義を人の生活に当てはめるとき、この苛酷さが誰に向かうかを見ておく必要があります。
この章句が説くこと
高偉幽州の澱中に魚を捕らう群魚の之を嚙む物差しの苛酷さ
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