顔氏家訓 / 歸心
江陵劉氏、以賣鱔羹為業。後生一兒頭是鱔、自頸以下、方為人耳。
新字:江陵劉氏、以売鱔羹為業。後生一児頭是鱔、自頸以下、方為人耳。
書き下し
江陵の劉氏、鱔羹を売るを以て業と為す。後に一児を生む。頭は是れ鱔、頸より以下、方めて人と為るのみ。
現代語訳
江陵の劉氏は、鰻の羹を売るのを生業としていた。後に一人の子が生まれた。頭は鰻で、首から下がようやく人であった。
解説
最も短く、最も強烈な因果応報譚です。三十字で、生業と報いが直結している。史実ではなく、当時流通していた説話として記録されたものです。ここで注意すべきは、この種の話が持つ危うさです。生業そのものを罪とし、生まれた子を報いとして語る構造は、実際の人間に対する差別に直結します。顔之推自身は不殺生を勧める文脈でこれを引いていますが、現代の読者としては、この説話が誰を傷つけうるかを見ておく必要があります。因果を語る物語は、往々にして不運な人に責任を負わせる装置として働きます。
この章句が説くこと
鱔羹を売るを業と為す頭は是れ鱔因果応報譚物語の危うさ
関連する章句
-
『顔氏家訓』歸心江陵の高偉は、吾に随いて斉に入る。凡そ数年、幽州の澱中に向かいて魚を捕らう。後に病み、毎に群魚の之を嚙むを見て死せり。
-
『顔氏家訓』歸心楊思達西陽の郡守と為る。侯景の乱に値い、時に復た旱倹なり。飢民田中の麦を盗む。思達一部曲を遣わして守視せしむ。得る所の盗者は、輒ち手腕を截つ。凡そ十余人を戮す。部曲後に一男を生むに、自然に手無し。
-
『顔氏家訓』歸心梁世に人有り、常に鶏卵の白を以て和して沐す。髪をして光らしむと云う。沐する毎に輒ち二三十枚なり。死に臨みて、髪中に但だ啾啾たる数千の鶏雛の声を聞くのみ。
-
『顔氏家訓』歸心梁の孝元江州に在りし時、人有りて望蔡の県令と為る。劉敬躬の乱を経て、県廨焚かるるを被り、寺に寄りて住す。民将に牛酒もて礼を作さんとす。県令牛を以て旛柱に繋ぎ、形像を屏除し、床坐を鋪設し、堂上において賓を接す。未だ殺さざるの頃、牛解けて、径ちに来たりて階に至りて拝す。県令大いに笑い、左右に命じて之を宰らしむ。飲噉して酔い飽き、便ち檐下に臥す。稍く醒めて体の痒きを覚え、爬掻して隠疹し、因って爾に癩と成り、十許年にして死せり。
-
『顔氏家訓』歸心世に癡人有り、仁義を識らず、富貴の並びに天命に由るを知らず。子の為に婦を娶るに、其の生資の足らざるを恨む。舅姑の尊を倚作し、蛇虺のごとき其の性、毒口もて誣を加え、忌諱を識らず、婦の父母を罵辱す。却って婦をして己身に孝ならざるを教え成し、他の恨みを顧みず。但だ己の子女を憐れみて、己の児婦を愛せず。此くの如きの人は、陰かに其の過ちを紀し、鬼其の算を奪う。慎みて与に隣を為すべからず。何ぞ況んや交結せんや。之を避けよ。
-
『顔氏家訓』歸心斉に一奉朝請有り、家甚だ豪侈なり。手ずから牛を殺すに非ざれば、之を噉らうも美ならず。年三十許りにして、病篤し。大いに牛の来たるを見る。挙体刀の刺すが如く、叫呼して終われり。