顔氏家訓 / 治家
鄴下有一領軍、貪積已甚、家童八百、誓滿一千、朝夕每人肴膳、以十五錢爲率、遇有客旅、更無以兼。後坐事伏法、籍其家產、麻鞋一屋、弊衣數庫、其餘財寶、不可勝言。
新字:鄴下有一領軍、貪積已甚、家童八百、誓満一千、朝夕毎人肴膳、以十五銭為率、遇有客旅、更無以兼。後坐事伏法、籍其家産、麻鞋一屋、弊衣数庫、其余財宝、不可勝言。
書き下し
鄴下に一領軍有り、貪積已に甚だし。家童八百、満千を誓う。朝夕毎人の肴膳、十五銭を以て率と為す。客旅有るに遇うも、更に以て兼ぬる無し。後に事に坐して法に伏す。其の家産を籍するに、麻鞋一屋、弊衣数庫、其の余の財宝、勝げて言うべからず。
現代語訳
鄴に一人の領軍がいて、貪り蓄えることが甚だしかった。使用人は八百人おり、千人にすると誓っていた。朝夕の一人あたりの食事は、十五銭を上限と定めていた。客が来ても、それ以上に増やすことはなかった。後に事件に連座して処刑された。その家財を没収して調べると、麻の履物が一部屋分、擦り切れた衣類が数蔵分、その他の財宝は数え上げられないほどであった。
解説
貯め込んだ結果、没収されて終わった話です。目を引くのは没収品目録で、麻の履物が一部屋、擦り切れた衣類が数蔵分。使いもしない古物を捨てられずに溜め込んでいました。蓄財が目的化すると、価値のない物まで手放せなくなる。同時に、使用人八百人を千人にすると誓いながら、一人あたりの食費は十五銭で固定し、客が来ても増やさない。頭数は増やすが中身は削る、という倒錯です。事業でも、規模の数字だけが目標になると、一人あたりに配る資源が下がり続けます。何を増やしているのか、その増加が誰にとって何を意味するのかを問い直す必要があります。
この章句が説くこと
貪積已に甚だし家童八百麻鞋一屋規模と中身持続可能性
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