列子 / 道家
列子(道家)の名句を、現代語訳と実践の解説つきで。全273句。
戦国の列禦寇に仮託され、唐の玄宗に『沖虚至徳真経』の名を与えられた、老子・荘子と並ぶ道家の第三の書です。全八篇のほとんどが物語で、思想がじかに語られる箇所はごくわずかしかありません。杞憂、愚公移山、朝三暮四、呆若木鶏、伯牙と鍾子期、疑鄰盗斧、多岐亡羊——いま日本語として使われている言葉の多くが、この書から出ています。この書の特徴は、答えを一つに決めないことです。天地が壊れるかを問われた列子は「壊れると言う者も、壊れないと言う者も誤りだ、私には知りようがない」と答え、二人の子どもが太陽の遠近を論じ合うのを、孔子は決められないまま笑われます。楊朱篇では、名も死後の評価も無意味だとする極端な主張を、削らずにそのまま置きました。反論を封じるためではなく、読む側が自分の立場を組み立てるための材料として差し出されています。経営者に効くのは、力と命を分けた見方です。何に向かって励むかは自分で選べるが、その結果がどう転ぶかは選べない。この線を引けば、結果で自分を裁くことも、結果だけで人を裁くこともなくなります。同時に、向かうことをやめる口実にもなりません。勝つことより勝ちを保つことが難しいと説き、当たった理由を知らないうちは的に中てても駄目だと言い、国を治める難しさは自分が賢くあることではなく賢い人を見分けることにあると言い切る。寓話の姿をした、きわめて実務的な書です。師導では全八篇百三十九段を二百七十三の章句に収め、底本三万七千九百四十八字の百パーセントを覆いました。生き物が次々に姿を変えていく天瑞篇の目録も、異国の弔い方を並べた湯問篇も落としていません。読みにくい箇所を飛ばした時点で、この書が何を面白がっていたのかが消えるからです。