列子 / 楊朱篇
楊朱曰:「天下之美歸之舜、禹、周、孔、天下之惡歸之桀、紂。然而舜耕於河陽、陶於雷澤、四體不得暫安、口腹不得美厚、父母之所不愛、弟妹之所不親。行年三十、不告而娶。及受堯之禪、年已長、智已衰。商鈞不才、禪位於禹、戚戚然以至於死。此天人之窮毒者也。
新字:楊朱曰:「天下之美帰之舜、禹、周、孔、天下之悪帰之桀、紂。然而舜耕於河陽、陶於雷沢、四体不得暫安、口腹不得美厚、父母之所不愛、弟妹之所不親。行年三十、不告而娶。及受堯之禅、年已長、智已衰。商鈞不才、禅位於禹、戚戚然以至於死。此天人之窮毒者也。
書き下し
楊朱曰く、天下の美は之を舜・禹・周・孔に歸し、天下の惡は之を桀・紂に歸す。然り而して舜は河陽に耕し、雷澤に陶す。四體暫くも安きを得ず、口腹美厚を得ず。父母の愛せざる所、弟妹の親しまざる所なり。行年三十、告げずして娶る。堯の禪を受くるに及び、年已に長け、智已に衰う。商鈞不才にして、位を禹に禪り、戚戚然として以て死に至る。此れ天人の窮毒なる者なり。
現代語訳
楊朱は言った。「天下の美点は舜・禹・周公・孔子に帰され、天下の悪は桀・紂に帰される。ところが舜は河陽で耕し、雷沢で陶器を焼いた。手足はしばらくも安まらず、口も腹も美食にありつけなかった。父母には愛されず、弟妹には親しまれなかった。三十歳になって、親に告げずに妻を娶った。堯から禅譲を受けたときには、年はすでに高く、知恵はすでに衰えていた。子の商鈞は才がなく、位を禹に譲り、憂え悲しんだまま死に至った。これは天下の人のなかでも、行き詰まり苦しんだ者である」。
解説
聖人として讃えられる四人の生涯を、実際の苦労で数え直す試みが始まります。舜については、家族に愛されず、三十まで結婚できず、位に就いたときにはもう衰えていた、と。称賛される人生と、当人が生きた時間はまったく別物だ、という指摘です。ここは経営者の伝記を読むときに効く視点です。成功者の年表は結果の並びであって、その人が過ごした日々ではありません。楊朱はこのあと禹、周公、孔子と続けます。そして最後に、彼らと暴君を同じ地点に並べます。
この章句が説くこと
舜は河陽に耕し雷沢に陶す堯の禅を受くるに及び年已に長け智已に衰う天人の窮毒なる者なり
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