列子 / 周穆王篇
簡鄭衛之處子娥媌靡曼者、施芳澤、正娥眉、設笄珥、衣阿錫、曳齊紈。粉白黛黑、珮玉環。雜芷若以滿之、奏《承雲》《六瑩》《九韶》《晨露》以樂之。月月獻玉衣、旦旦薦玉食。化人猶不舍然、不得已而臨之。
新字:簡鄭衛之処子娥媌靡曼者、施芳沢、正娥眉、設笄珥、衣阿錫、曳斉紈。粉白黛黒、珮玉環。雑芷若以満之、奏《承雲》《六瑩》《九韶》《晨露》以楽之。月月献玉衣、旦旦薦玉食。化人猶不舎然、不得已而臨之。
書き下し
鄭衛の處子の娥媌靡曼なる者を簡び、芳澤を施し、娥眉を正し、笄珥を設け、阿錫を衣せ、齊紈を曳かしむ。粉白黛黑、玉環を珮ぶ。芷若を雜えて以て之に滿たし、承雲・六瑩・九韶・晨露を奏して以て之を樂しましむ。月月に玉衣を獻じ、旦旦に玉食を薦む。化人猶お舍然たらず、已むを得ずして之に臨む。
現代語訳
鄭や衛の娘のうち、あでやかで肌の細やかな者を選び、香油を塗らせ、眉を整えさせ、かんざしと耳飾りをつけさせ、上等の薄絹を着せ、斉の白絹を引かせた。白粉を塗り眉を黒く描き、玉の環を帯びる。香草を混ぜて満たし、承雲・六瑩・九韶・晨露の曲を奏でて楽しませた。月ごとに玉の衣を献じ、日ごとに玉のような食事を差し出した。それでも幻術使いは晴れやかにならず、やむを得ずといった様子でそこに臨むだけだった。
解説
これでもかと尽くした挙句の一行が効きます。「化人猶お舍然たらず、已むを得ずして之に臨む」。それでも晴れやかにならず、仕方なくその場にいるだけだった。ここまで来ると、王がしていることは接待ではなく、相手の機嫌という測れないものを目標にした無限の投資です。目標が数値でも状態でもなく、相手の表情にあるとき、終わりは来ません。仕事でこれに当たるのは、決裁者の気分を目標にしてしまった案件です。要件が定義されていないから、いくら作っても完成しない。相手が満足を示さないのは、水準が足りないからではなく、そもそも満足を示す気がないからかもしれません。
この章句が説くこと
月月に玉衣を献じ旦旦に玉食を薦む化人猶お舎然たらず已むを得ずして之に臨む
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