列子 / 楊朱篇
子產日夜以爲戚、密造鄧析而謀之、曰:「僑聞治身以及家、治家以及國、此言自於近至於遠也。僑爲國則治矣、而家則亂矣。其道逆邪?將奚方以救二子?子其詔之!」鄧析曰:「吾怪之久矣、未敢先言。子奚不時其治也、喻以性命之重、誘以禮義之尊乎?」
新字:子産日夜以為戚、密造鄧析而謀之、曰:「僑聞治身以及家、治家以及国、此言自於近至於遠也。僑為国則治矣、而家則乱矣。其道逆邪?将奚方以救二子?子其詔之!」鄧析曰:「吾怪之久矣、未敢先言。子奚不時其治也、喻以性命之重、誘以礼義之尊乎?」
書き下し
子產日夜以て戚と爲し、密かに鄧析に造りて之を謀りて曰く、僑聞く、身を治めて以て家に及び、家を治めて以て國に及ぶ、と。此れ近きより遠きに至るを言うなり。僑は國を爲めては則ち治まれり。而るに家は則ち亂る。其の道逆なるか。將た奚の方ありてか二子を救わん。子其れ之を詔せ、と。鄧析曰く、吾之を怪しむこと久し。未だ敢えて先には言わず。子奚ぞ其の治に時せざるか。喩すに性命の重きを以てし、誘うに禮義の尊きを以てせざるか、と。
現代語訳
子産は日夜これを苦にして、ひそかに鄧析のもとを訪ねて相談した。「私はこう聞いている。身を修めてそれが家に及び、家を治めてそれが国に及ぶ、と。これは近いところから遠いところへ至るという意味だ。私は国を治めることについては治めた。ところが家は乱れている。この道は逆なのだろうか。いったいどんな方法で二人を救えばよいか。あなたはぜひ教えてほしい」。鄧析は言った。「私も長いあいだ不思議に思っていた。あえて先に口には出さなかった。あなたはどうして機を見て治めないのか。命の重さを説いて分からせ、礼と義の尊さで誘わないのか」。
解説
子産の問いは率直です。修身、斉家、治国という順序を学んだのに、自分は国が治まって家が乱れている。順序が逆なのか、と。そして鄧析の答えが二段構えです。まず「長いあいだ不思議に思っていたが、あえて言わなかった」と告げる。相談される前に指摘しなかったことを、正直に述べています。そして処方は、命の重さを説き、礼義の尊さで誘え、というものでした。正論です。ところが次の段で子産がその正論を実行し、完膚なきまでに論破されます。この話の構造は、正論を実行させてから壊すという形をとっています。
この章句が説くこと
身を治めて以て家に及び家を治めて以て国に及ぶ其の道逆なるか性命の重きを以てし礼義の尊きを以てす修身
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呂氏春秋・離謂④子產、鄭を治め、鄧析務めて之を難じ、民の獄有る者と約す。大獄は一衣、小獄は襦袴なり。民の衣襦袴を獻じて訟を學ぶ者、勝げて數う可からず。非を以て是と爲し、是を以て非と爲す。是非に度無くして、可と不可と日に變ず。勝たしめんと欲する所は因りて勝ち、罪せんと欲する所は因りて罪す。鄭國大いに亂れ、民口讙譁す。子產之を患う。是に於て鄧析を殺して之を戮す。民心乃ち服し、是非乃ち定まり、法律乃ち行わる。今世の人、多く其の國を治めんと欲して、而も鄧析の類を誅すること莫し。此れ治を欲して愈々亂るる所以なり。
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