列子 / 力命篇
北宮子無以應、自失而歸。中塗遇東郭先生、先生曰:「汝奚往而反、偊偊而步、有深愧之色邪?」北宮子言其狀。東郭先生曰:「吾將舍汝之愧、與汝更之西門氏而問之。」曰:「汝奚辱北宮子之深乎?固且言之。」西門子曰:「北宮子言世族、年貌、言行與予並、而賤貴、貧富與予異。予語之曰:『予無以知其實。汝造事而窮、予造事而達、此將厚薄之驗歟?而皆謂與予並、汝之顏厚矣。』」
新字:北宮子無以応、自失而帰。中塗遇東郭先生、先生曰:「汝奚往而反、偊偊而歩、有深愧之色邪?」北宮子言其状。東郭先生曰:「吾将舎汝之愧、与汝更之西門氏而問之。」曰:「汝奚辱北宮子之深乎?固且言之。」西門子曰:「北宮子言世族、年貌、言行与予並、而賤貴、貧富与予異。予語之曰:『予無以知其実。汝造事而窮、予造事而達、此将厚薄之験歟?而皆謂与予並、汝之顏厚矣。』」
書き下し
北宮子以て應うる無く、自失して歸る。中塗に東郭先生に遇う。先生曰く、汝奚くにか往きて反り、偊偊として步み、深く愧ずるの色有るか、と。北宮子其の狀を言う。東郭先生曰く、吾將に汝の愧を舍てしめん。汝と更めて西門氏に之きて之を問わん、と。曰く、汝奚ぞ北宮子を辱むること之れ深きか。固く且つ之を言え、と。西門子曰く、北宮子言えらく、世族・年貌・言行は予と並ぶ。而るに賤貴・貧富は予と異なる、と。予之に語げて曰く、予は以て其の實を知る無し。汝は事を造して窮し、予は事を造して達す。此れ將に厚薄の驗ならんか。而るに皆な予と並ぶと謂う。汝の顏厚し、と。
現代語訳
北宮子は返す言葉もなく、放心して帰った。道の途中で東郭先生に出会った。先生は言った。「あなたはどこへ行って帰るところか。とぼとぼと歩いて、深く恥じている顔つきだが」。北宮子はいきさつを話した。東郭先生は言った。「私があなたの恥を取り除いてやろう。あなたと一緒に、もう一度西門氏のところへ行って尋ねてみよう」。そして言った。「あなたはどうして北宮子をそこまで深く辱めたのか。しかと言ってみなさい」。西門子は言った。「北宮子は、家柄も年も容姿も言行も自分と同じなのに、貴賤と貧富だけが違うと言いました。私は彼にこう言いました。私にはその実際のところは分からない。あなたは事を起こして行き詰まり、私は事を起こして栄えた。これが厚い薄いの証拠だろう。それなのに何もかも私と同じだと言う。あなたは面の皮が厚い、と」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『列子』力命篇北宮子西門子に謂いて曰く、朕と子とは世を並ぶるなり。而るに人は子を達とす。族を並ぶるなり。而るに人は子を敬う。貌を並ぶるなり。而るに人は子を愛す。言を並ぶるなり。而るに人は子を庸う。行いを並ぶるなり。而るに人は子を誠とす。仕うるを並ぶるなり。而るに人は子を貴ぶ。農するを並ぶるなり。而るに人は子を富ましむ。商するを並ぶるなり。而るに人は子を利す。朕は衣は則ち裋褐、食は則ち粢糲、居は則ち蓬室、出づれば則ち徒行す。子は衣は則ち文錦、食は則ち粱肉、居は則ち連欐、出づれば則ち結駟す。家に在りては熙然として朕を棄つるの心有り、朝に在りては諤然として朕を敖るの色有り。請謁相い及ばず、遨遊行を同じくせざること、固より年有り。子自ら德の朕に過ぐと以えるか、と。西門子曰く、予は以て其の實を知る無し。汝は事を造して窮し、予は事を造して達す。此れ厚薄の驗か。而るに皆な予と並ぶと謂う。汝の顏厚し、と。
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『列子』力命篇東郭先生曰く、汝の言う厚薄は才德の差を言うに過ぎず。吾の言う厚薄は是に異なるなり。夫れ北宮子は德に厚くして、命に薄し。汝は命に厚くして、德に薄し。汝の達するは、智もて得たるに非ざるなり。北宮子の窮するは、愚もて失えるに非ざるなり。皆な天なり、人に非ざるなり。而るに汝は命の厚きを以て自ら矜り、北宮子は德の厚きを以て自ら愧ず。皆な夫の固然の理を識らざるなり、と。西門子曰く、先生止めよ。予敢えて復た言わず、と。
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『列子』力命篇北宮子既に歸り、其の裋褐を衣るに、狐貉の溫かき有り。其の茙菽を進むるに、稻粱の味有り。其の蓬室に庇るに、廣廈の蔭の若し。其の篳輅に乘るに、文軒の飾りの若し。終身逌然として、榮辱の彼に在るか、我に在るかを知らず。東郭先生之を聞きて曰く、北宮子の寐ぬること久し。一言にして能く寤む。悟り易きかな、と。
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『列子』仲尼篇子列子既に壺丘子林を師とし、伯昏瞀人を友とし、乃ち南郭に居る。之に從いて處る者、日々に數えて及ばず。然りと雖も、子列子も亦た微なり。朝朝に相い與に辯じ、聞こえざる無し。而して南郭子と牆を連ぬること二十年、相い謁請せず。道に相い遇うも、目は相い見ざる者の若し。門の徒役は、子列子と南郭子と敵有りと以爲いて疑わず。楚より來たる者有り、子列子に問いて曰く、先生と南郭子とは奚ぞ敵するか、と。子列子曰く、南郭子は貌充ちて心虛なり。耳に聞くこと無く、目に見ること無く、口に言うこと無く、心に知ること無く、形に惕るること無し。往きて將た奚をか爲さん。然りと雖も、試みに汝と偕に往かん、と。弟子四十人を閱べて同に行く。南郭子に見ゆるに、果たして欺魄の若く、而も與に接すべからず。子列子を顧み視るに、形神相い偶わず、而も與に羣すべからず。南郭子俄かに子列子の弟子の末行なる者を指して與に言う。衎衎然として專直にして雄に在る者の若し。子列子の徒之に駭き、舍に反りて、咸な疑色有り。
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『列子』天瑞篇向氏大いに惑い、國氏の重ねて己を罔うと以い、東郭先生を過ぎて焉に問う。東郭先生曰く、若の一身も庸ぞ盜に非ざらんや。陰陽の和を盜みて以て若の生を成し、若の形を載す。況んや外物にして盜に非ざらんや。誠に然り、天地萬物は相い離れざるなり。仞りて之を有つは、皆な惑いなり。國氏の盜は、公道なり、故に殃い亡し。若の盜は、私心なり、故に罪を得たり。公私有る者も、亦た盜なり。公私亡き者も、亦た盜なり。公を公とし私を私とするは、天地の德なり。天地の德を知る者は、孰をか盜と爲し、孰をか盜ならずと爲さんや、と。
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史記 游侠列伝郭解出入するに、人皆之を避く。一人有り独り箕倨して之を視る、解人を遣りて其の名姓を問はしむ。客之を殺さんと欲す。解曰く、「邑屋に居りて至って敬せられざるは、是れ吾が徳の修まらざるなり、彼何の罪かあらん」と。乃ち陰かに尉史に属して曰く、「是の人、吾が急とする所なり、践更の時に至らば之を脱せ」と。箕踞する者乃ち肉袒して罪を謝す。少年之を聞き、愈いよ益ます解の行を慕ふ。