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列子 / 周穆王篇

西極之南隅有國焉、不知境界之所接、名古莽之國。陰陽之氣所不交、故寒暑亡辨、日月之光所不照、故晝夜亡辨。其民不食不衣而多眠。五旬一覺、以夢中所爲者實、覺之所見者妄。

新字:西極之南隅有国焉、不知境界之所接、名古莽之国。陰陽之気所不交、故寒暑亡弁、日月之光所不照、故昼夜亡弁。其民不食不衣而多眠。五旬一覚、以夢中所為者実、覚之所見者妄。

書き下し

西極の南隅に國有り。境界の接する所を知らず。古莽の國と名づく。陰陽の氣の交わらざる所、故に寒暑辨つこと亡し。日月の光の照らさざる所、故に晝夜辨つこと亡し。其の民は食わず衣ずして眠ること多し。五旬に一たび覺め、夢中に爲す所の者を實とし、覺めて見る所の者を妄とす。

現代語訳

西の果ての南の隅に国がある。その境界がどこに接しているのか分からない。古莽の国という。陰陽の気が交わらないところなので、寒暑の区別がない。日月の光が照らさないところなので、昼夜の区別がない。その民は食べず着ず、眠ってばかりいる。五十日に一度目覚め、夢のなかでしたことを本当のこととし、目覚めて見たものを偽りとする。

解説

五十日に一度だけ目覚め、夢のほうを現実とみなす国。列子はこれを異常として描いていません。次に出てくる中央の国と、東の国と並べて、三通りのありようとして置きます。何を現実とみなすかは、その土地の条件が決めているだけだ、という配置です。寒暑も昼夜も区別のないところに住めば、区別する必要がない。私たちが当然としている「目覚めている側が現実だ」という前提も、条件が生んだ習慣かもしれない。組織の常識も同じ構造です。この業界ではこうする、という了解は、たいてい環境が生んだもので、環境が変われば根拠を失います。

この章句が説くこと

古莽の国五旬に一たび覚む夢中に為す所を実とし覚めて見る所を妄とす天子

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