列子 / 周穆王篇
於是試露之、而求衣、飢之、而求食、幽之、而求明。儒生欣然告其子曰:「疾可已也。然吾之方密、傳世不以告人。試屏左右、獨與居室七日。」從之、莫知其所施爲也、而積年之疾一朝都除。華子既悟、迺大怒、黜妻罰子、操戈逐儒生。
新字:於是試露之、而求衣、飢之、而求食、幽之、而求明。儒生欣然告其子曰:「疾可已也。然吾之方密、伝世不以告人。試屏左右、独与居室七日。」従之、莫知其所施為也、而積年之疾一朝都除。華子既悟、迺大怒、黜妻罰子、操戈逐儒生。
書き下し
是に於いて試みに之を露わにして、衣を求めしむ。之を飢えしめて、食を求めしむ。之を幽くして、明を求めしむ。儒生欣然として其の子に告げて曰く、疾は已ゆべきなり。然れども吾の方は密なり、世を傳うるも以て人に告げず。試みに左右を屏け、獨り與に室に居ること七日せん、と。之に從う。其の施爲する所を知る莫くして、積年の疾一朝にして都て除かる。華子既に悟り、迺ち大いに怒り、妻を黜け子を罰し、戈を操りて儒生を逐う。
現代語訳
そこで儒者は、まず彼を裸にして衣を求めさせた。飢えさせて食を求めさせた。暗いところに置いて明るさを求めさせた。儒者は喜んでその子に告げた。「病は治せます。ただし私の処方は秘伝で、代々伝えても人に明かしません。ためしに周りの者を退けて、七日間ふたりだけで部屋にこもらせてください」。言われたとおりにした。何をしたのかは誰にも分からなかったが、長年の病が一朝にしてすっかり取り除かれた。華子は正気に返るや、たいそう怒り、妻を追い出し子を罰し、矛を手にして儒者を追いかけた。
解説
治療は成功しました。そして治った本人が最初にしたのは、妻を追い出し、子を罰し、治した相手を矛で追い回すことでした。これほど痛烈な「成功」の描き方はそうありません。周囲が良かれと思って取り除いたものが、本人にとっては失いたくないものだった。しかも本人は、失っていた期間には抗議できませんでした。ここに、支援と介入の境目があります。相手のためを思ってした変更が、相手の意思を経ていないなら、それは介入です。組織改革でも人事でも、当事者の同意を飛ばして「よくしてやった」ものは、あとから同じ形の反発を受けます。理由は次の段で本人が語ります。
この章句が説くこと
之を露わにして衣を求めしむ積年の疾一朝にして都て除かる妻を黜け子を罰し戈を操りて儒生を逐う
関連する章句
-
『列子』周穆王篇宋の陽里華子、中年にして忘るるを病む。朝に取りて夕に忘れ、夕に與えて朝に忘る。塗に在れば則ち行くを忘れ、室に在れば則ち坐するを忘る。今は先を識らず、後は今を識らず。闔室之を毒とし、史に謁して之を卜わしむるも、占わず。巫に謁して之を禱らしむるも、禁ぜず。醫に謁して之を攻めしむるも、已まず。魯に儒生有り、自ら媒して能く之を治すと。華子の妻子、居產の半ばを以て其の方を請う。儒生曰く、此れ固より卦兆の占う所に非ず、祈請の禱る所に非ず、藥石の攻むる所に非ず。吾試みに其の心を化し、其の慮を變ぜん。庶幾わくは其れ瘳えんか、と。
-
『列子』周穆王篇宋人執えて其の以を問う。華子曰く、曩に吾忘れしとき、蕩蕩然として天地の有無を覺えず。今頓かに既往を識り、數十年來の存亡・得失・哀樂・好惡、擾擾として萬緒起これり。吾恐る、將來の存亡・得失・哀樂・好惡の吾が心を亂すこと此くの如からんことを。須臾の忘れ、復た得べけんや、と。子貢聞きて之を怪しみ、以て孔子に告ぐ。孔子曰く、此れ汝の及ぶ所に非ざるか、と。顧みて顏回に謂いて之を紀さしむ。
-
『列子』説符篇其の子歸りて命を致す。其の父曰く、孔子の言を行え、と。居ること一年、其の子も又た故無くして盲す。其の後楚宋を攻め、其の城を圍む。民は子を易えて之を食らい、骸を析きて之を炊ぐ。丁壯なる者は皆な城に乘りて戰い、死者太半なり。此の人は父子に疾有るを以て皆な免る。圍解くるに及びて疾俱に復す。
-
『列子』黄帝篇伯昏瞀人曰く、善いかな觀るや。汝己に處らば、人將に汝を保らんとす、と。幾何も無くして往けば、則ち戶外の屨滿てり。伯昏瞀人北面して立ち、杖を敦てて之を頤に蹙む。立つこと閒有りて、言わずして出づ。賓者以て列子に告ぐ。列子履を提げ徒跣にして走り、門に暨びて問いて曰く、先生既に來たり、曾て藥を廢てざるか、と。曰く、已めよ。吾固より汝に告げて曰えり、人將に汝を保らんとす、と。果たして汝を保れり。汝の能く人をして汝を保らしむるに非ずして、汝の能く人をして汝を保ること無からしめざるなり。而ち焉んぞ之を感ずるを用いん。感ずれば豫め異を出だす。且つ必ず感ずること有らば、而の本身を搖るがす。又た謂う無きなり。汝と遊ぶ者は、汝に告ぐる莫し。彼の小言する所は、盡く人の毒なり。覺る莫く悟る莫し。何ぞ相い孰せんや、と。
-
『列子』黄帝篇禾生・子伯は范氏の上客なり。出行して坰外を經、田更商丘開の舍に宿る。中夜、禾生・子伯二人相い與に子華の名勢を言う、能く存する者をして亡ぼさしめ、亡ぶる者をして存せしめ、富める者をして貧しからしめ、貧しき者をして富ましむ、と。商丘開先に飢寒に窘しみ、牖の北に潛みて之を聽く。因りて糧を假り畚を荷いて子華の門に之く。子華の門徒は皆な世族なり。縞衣にして軒に乘り、緩步して闊視す。顧みて商丘開の年老い力弱く、面目黎黑にして、衣冠檢べざるを見、之を眲まざる莫し。既にして狎侮欺詒し、攩㧙挨抌して、爲さざる所亡し。商丘開常に慍れる容無く、而して諸客の技單き、戲笑に憊る。
-
『列子』力命篇其の子曉らず、終に三醫に謁す。一に矯氏と曰い、二に俞氏と曰い、三に盧氏と曰う。其の疾む所を診す。矯氏季梁に謂いて曰く、汝は寒溫節せず、虛實度を失す。病は飢飽色欲に由る。精慮煩散すればなり。天に非ず鬼に非ず。漸ると雖も、攻むべきなり、と。季梁曰く、衆醫なり。亟かに之を屏けよ、と。俞氏曰く、女始めは則ち胎氣足らず、乳湩餘り有り。病は一朝一夕の故に非ず。其の由りて來たる所漸くなり。已やすべからざるなり、と。季梁曰く、良醫なり。且く之に食わしめよ、と。盧氏曰く、汝の疾は天に由らず、亦た人に由らず、亦た鬼に由らず。生を稟け形を受くるに、既に之を制する者有り、亦た之を知る者有り。藥石其れ汝を如何せん、と。季梁曰く、神醫なり。重く貺して之を遣れ、と。俄かにして季梁の疾自ら瘳ゆ。