列子 / 説符篇
柱厲叔事莒敖公、自爲不知己、去、居海上、夏日則食菱芰、冬日則食橡栗。莒敖公有難、柱厲叔辭其友而往死之。其友曰:「子自以爲不知己、故去。今往死之、是知與不知無辨也。」柱厲叔曰:「不然。自以爲不知、故去。今死、是果不知我也。吾將死之、以醜後世之人主不知其臣者也。」凡知則死之、不知則弗死、此直道而行者也。柱厲叔可謂懟以忘其身者也。
新字:柱厲叔事莒敖公、自為不知己、去、居海上、夏日則食菱芰、冬日則食橡栗。莒敖公有難、柱厲叔辞其友而往死之。其友曰:「子自以為不知己、故去。今往死之、是知与不知無弁也。」柱厲叔曰:「不然。自以為不知、故去。今死、是果不知我也。吾将死之、以醜後世之人主不知其臣者也。」凡知則死之、不知則弗死、此直道而行者也。柱厲叔可謂懟以忘其身者也。
書き下し
柱厲叔莒の敖公に事う。自ら己を知らずと爲し、去りて海上に居る。夏日は則ち菱芰を食い、冬日は則ち橡栗を食う。莒の敖公に難有り。柱厲叔其の友に辭して往きて之に死す。其の友曰く、子は自ら以て己を知らずと爲す、故に去れり。今往きて之に死するは、是れ知ると知らざると辨無きなり、と。柱厲叔曰く、然らず。自ら以て知られずと爲す、故に去れり。今死するは、是れ果たして我を知らざるなり。吾將に之に死して、以て後世の人主の其の臣を知らざる者を醜としめんとするなり、と。凡そ知らば則ち之に死し、知らざれば則ち死せざるは、此れ直道にして行う者なり。柱厲叔は懟みて以て其の身を忘るる者と謂うべきなり。
現代語訳
柱厲叔は莒の敖公に仕えた。自分は理解されていないと考えて、去って海辺に住んだ。夏には菱の実を食べ、冬には樫の実を食べた。莒の敖公に難が起きた。柱厲叔は友人に別れを告げて、出かけていってそのために死のうとした。友人は言った。「あなたは自分が理解されていないと考えて去った。いま行って主君のために死ぬのは、理解されていたことと理解されていなかったことに、区別がないことになるではないか」。柱厲叔は言った。「そうではない。理解されていないと考えたから去ったのだ。いま死ぬのは、やはり自分が理解されていなかったことを示すためだ。私はそのために死んで、後の世の君主で臣下を理解しない者を、恥じ入らせようとしているのだ」。およそ理解されればそのために死に、理解されなければ死なないというのが、まっすぐな道を行く者である。柱厲叔は、恨みのあまり我が身を忘れた者と言うべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・恃君⑤柱厲叔、莒の敖公に事う。自ら以て知られざると為して、去りて海上に居る。夏日は則ち菱芡を食らい、冬日は則ち橡栗を食らう。莒の敖公に難有り、柱厲叔、其の友に辭して往きて之に死せんとす。其の友曰く、「子自ら以て知られざると為し、故に去る、今又往きて之に死せば、是れ知らるると知られざると異別無きなり。」柱厲叔曰く、「然らず。自ら以て知られざると為し、故に去る。今死して往きて死せずんば、是れ果して我を知れるなり。吾將に之に死して以て後世の人主の其の臣を知らざる者を醜しめんとするなり。人に君たる者の行いを激して、人主の節を厲ます所以なり。行激せられ節厲まさるれば、忠臣、察を得るに幸いす。忠臣察せらるれば則ち君道固し。
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説苑・立節莒の穆公に臣有り、朱厲附と曰う。穆公に事うるも、識らるる所を見ず。冬は山林に処りて杼栗を食い、夏は洲沢に処りて蔆藕を食う。穆公難を以て死す。朱厲附将に往きて之に死せんとす。其の友曰わく、「子君に事えて識らるる所を見ざるに、今君難ありて吾子之に死す、意うに其れ不可ならんか」と。朱厲附曰わく、「始め我以為えらく君我を知らざるなりと。今君死して我死せずんば、是れ果たして我を知らざるなり。吾将に之に死して、以て天下の其の臣を知らざる者を激さんとす」と。遂に往きて之に死す。
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『列子』説符篇子列子窮し、容貌に饑色有り。客に之を鄭の子陽に言う者有りて曰く、列禦寇は蓋し有道の士なり。君の國に居りて窮す。君乃ち士を好まずと爲すこと無からんや、と。鄭の子陽即ち官をして之に粟を遺らしむ。子列子出でて使者に見え、再拜して辭す。使者去る。子列子入るに、其の妻之を望みて心を拊ちて曰く、妾聞く、有道者の妻子と爲れば皆な佚樂を得と。今饑色有り、君過ちて先生に食を遺る。先生受けず。豈に命ならざらんや、と。子列子笑いて之に謂いて曰く、君は自ら我を知るに非ざるなり。人の言を以て我に粟を遺る。其の我を罪するに至るや、又た且つ人の言を以てせん。此れ吾の受けざる所以なり、と。其の卒、民果たして難を作して子陽を殺す。
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『列子』説符篇昔人に不死の道を知ると言う者有り。燕君人をして之を受けしむるも、捷からずして、言う者死す。燕君甚だ怒り、其の使者に將に誅を加えんとす。幸臣諫めて曰く、人の憂うる所は死より急なるは莫し。己の重んずる所は生に過ぐるは莫し。彼自ら其の生を喪う。安んぞ能く君をして死せざらしめんや、と。乃ち誅せず。齊子なる者有り、亦た其の道を學ばんと欲す。言う者の死せるを聞き、乃ち膺を撫して恨む。富子聞きて之を笑いて曰く、夫れ學ばんと欲する所は不死なり。其の人已に死せるに猶お之を恨むは、是れ學を爲す所以を知らざるなり、と。
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『智囊』知微・列子子列子窮し、貌に飢色有り。客の鄭の子陽に言う者有り、曰く、「列禦寇は有道の士なり。君の国に居りて窮す。君、乃ち士を好まざるか。」鄭の子陽、官をして之に粟数十秉を遺らしむ。子列子出でて使者に見え、再拝して辞す。使者去り、子列子入る。其の妻望みて心を拊ちて曰く、「聞く、道有りと為す者は、妻子皆な逸楽を得と。今妻子に飢色有り。君、過ちて先生に食を遺るに、先生又た受けず。豈に命に非ずや。」子列子笑いて之に謂いて曰く、「君は自ら我を知るに非ず。人の言を以て我に粟を遺れり。夫れ人の言を以て我に粟すれば、其の我を罪するに至るや、亦た且つ人の言を以てせん。此れ吾が受けざる所以なり。」其の後、民果たして難を作し、子陽を殺す。人の養を受けて其の難に死せざるは不義なり。其の難に死すれば、則ち無道に死するなり。無道に死するは逆なり。子列子は不義を除き逆を去る。豈に遠からずや。〔馮述評〕魏相の公叔痤、病みて且に死せんとし、恵王に謂いて曰く、「公孫鞅は年少なれど奇才有り。願わくは王、国を挙げて之に聴け。即し聴かずんば、必ず之を殺し、境を出でしむる勿れ。」王許諾して去る。公叔、鞅を召して謝して曰く、「吾は君を先にして臣を後にす。故に先に君の為に謀り、後に以て子に告ぐ。子必ず速やかに行け。」鞅曰く、「君は子の言を用いて臣を任ずる能わず。又た安んぞ能く子の言を用いて臣を殺さん。」卒に去らず。鞅の語は正に列子の語と対照するに堪う。
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『新序』節士第七子列子容貌を窮め、饑色有り。客に鄭の子陽に言う者有りて曰く、子列子禦寇は蓋し有道の士なり。君の國に居りて窮す。君乃ち士を好まざりと爲すこと無からんや、と。子陽官に令して之に粟數十乘を遺らしむ。子列子出でて使者を見、再拜して辭す。使者去り、子列子入る。其の妻望みて心を拊ちて曰く、聞くならく有道者と爲れば、妻子皆な佚樂を得、と。今妻子皆な饑色有り。君過ぎりて先生に遺る。先生又た辭す。豈に命に非ずや、と。子列子笑いて之に謂いて曰く、君は自ら我を知る者に非ざるなり。人の言を以て我を知り、人の言を以て我に粟を遺るなり。其の我を罪するや、又た將に人の言を以てせんとす。此れ吾が受けざる所以なり。且つ人の養を受けて、其の難に死せざるは、不義なり。其の難に死すれば、是れ無道の人に死するなり。豈に義ならんや、と。其の後、民果たして難を作し、子陽を殺す。子列子の微を見て不義を除くこと遠し。且つ子列子内に饑寒の憂え有り。猶お苟くも取らず。得るを見ては義を思い、利を見ては害を思う。况んや其の富貴に在るをや。故に子列子性命の情に通ず。能く節を守ると謂う可し。
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