列子 / 黄帝篇
老子曰:「而睢睢而盱盱、而誰與居?大白若辱、盛德若不足。」楊朱蹵然變容曰:「敬聞命矣。」其往也、舍迎將家、公執席、妻執巾櫛、舍者避席、煬者避竈。其反也、舍者與之爭席矣。
新字:老子曰:「而睢睢而盱盱、而誰与居?大白若辱、盛徳若不足。」楊朱蹵然変容曰:「敬聞命矣。」其往也、舎迎将家、公執席、妻執巾櫛、舎者避席、煬者避竈。其反也、舎者与之争席矣。
書き下し
老子曰く、而睢睢たり而盱盱たり。而誰と與にか居らん。大白は辱きが若く、盛德は足らざるが若し、と。楊朱蹵然として容を變じて曰く、敬んで命を聞けり、と。其の往くや、舍は迎え將る。家公は席を執り、妻は巾櫛を執り、舍る者は席を避け、煬る者は竈を避く。其の反るや、舍る者之と席を爭えり。
現代語訳
老子は言った。「お前は目を見開いて人をにらみ、あたりを見回している。それで誰と一緒に暮らせるというのか。まことに白いものは薄汚れて見え、満ち足りた徳は足りないように見えるものだ」。楊朱ははっと顔色を変えて言った。「謹んでお言葉を承りました」。行きの道では、宿は総出で出迎え、主人は自ら席を用意し、妻は手ぬぐいと櫛を捧げ、泊まり客は席を譲り、火に当たっていた者はかまどの前を空けた。帰りの道では、泊まり客は彼と席を取り合った。
解説
「大白は辱きが若く、盛德は足らざるが若し」――本当に白いものは薄汚れて見え、満ちた徳は足りなく見える。楊朱の過ちは、堂々としすぎていたことでした。そして結びの対比が鮮やかです。行きは宿の全員が場所を空けた。帰りは客が席を取り合った。同じ人が同じ宿に泊まって、この差です。前者は敬われているように見えて、実は誰も近づけていない状態。後者は雑に扱われているようで、仲間として扱われている状態。どちらを望むかは立場によりますが、経営者が「うちは風通しがいい」と言うとき、確かめるべきはここです。あなたが入った部屋で、人は席を空けますか、それとも詰めますか。
この章句が説くこと
大白は辱きが若く盛徳は足らざるが若し睢睢盱盱舎る者之と席を争う
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