列子 / 湯問篇
湯又問:「物有巨細乎?有修短乎?有同異乎?」革曰:「渤海之東不知幾億萬里、有大壑焉、實惟無底之谷、其下無底、名曰歸墟。八紘九野之水、天漢之流、莫不注之、而無增無減焉。其中有五山焉:一曰岱輿、二曰員嶠、三曰方壺、四曰瀛洲、五曰蓬萊。其山高下周旋三萬里、其頂平處九千里。山之中閒相去七萬里、以爲鄰居焉。其上臺觀皆金玉、其上禽獸皆純縞。珠玕之樹皆叢生、華實皆有滋味、食之皆不老不死。所居之人皆仙聖之種、一日一夕飛相往來者、不可數焉。
新字:湯又問:「物有巨細乎?有修短乎?有同異乎?」革曰:「渤海之東不知幾億万里、有大壑焉、実惟無底之谷、其下無底、名曰帰墟。八紘九野之水、天漢之流、莫不注之、而無增無減焉。其中有五山焉:一曰岱輿、二曰員嶠、三曰方壺、四曰瀛洲、五曰蓬萊。其山高下周旋三万里、其頂平処九千里。山之中閒相去七万里、以為鄰居焉。其上台観皆金玉、其上禽獣皆純縞。珠玕之樹皆叢生、華実皆有滋味、食之皆不老不死。所居之人皆仙聖之種、一日一夕飛相往来者、不可数焉。
書き下し
湯又た問う、物に巨細有るか、修短有るか、同異有るか、と。革曰く、渤海の東、幾億萬里なるかを知らず、大壑有り。實に惟れ底無きの谷、其の下に底無し。名づけて歸墟と曰う。八紘九野の水、天漢の流れ、之に注がざる莫し。而も增す無く減ずる無し。其の中に五山有り。一に岱輿と曰い、二に員嶠と曰い、三に方壺と曰い、四に瀛洲と曰い、五に蓬萊と曰う。其の山の高下周旋は三萬里、其の頂の平らかなる處は九千里。山の中閒相い去ること七萬里、以て鄰居と爲す。其の上の臺觀は皆な金玉、其の上の禽獸は皆な純縞なり。珠玕の樹は皆な叢生し、華實は皆な滋味有り、之を食らえば皆な老いず死せず。居る所の人は皆な仙聖の種なり。一日一夕に飛びて相い往來する者、數うべからず。
現代語訳
湯王はまた尋ねた。「物には大小があるのか。長短があるのか。同じ違うがあるのか」。夏革は言った。「渤海の東、何億万里か分からないところに、大きな谷があります。まことに底のない谷で、その下に底がない。名を帰墟といいます。八方の果て、九つの野の水も、天の川の流れも、そこに注がないものはない。それでいて増えもせず減りもしない。そのなかに五つの山があります。一を岱輿、二を員嶠、三を方壺、四を瀛洲、五を蓬萊といいます。その山は高さも周囲も三万里、頂の平らなところが九千里。山と山のあいだは七万里離れていて、それで隣り合っているといいます。その上の楼閣はみな金と玉、そこにいる鳥や獣はみな真っ白です。珠玉の木々は群がり生え、花も実もみな味わいがあり、それを食べれば老いず死なない。住んでいる者はみな仙人聖人の血筋です。一日一晩のあいだに飛んで行き来する者は、数えきれません」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『列子』湯問篇湯又た問いて曰く、四海の外に奚か有る、と。革曰く、猶お齊州のごときなり、と。湯曰く、汝奚を以て之を實とするか、と。革曰く、朕東行して營に至るに、人民猶お是くのごときなり。營の東を問うに、復た營の猶くなり。西行して豳に至るに、人民猶お是くのごときなり。豳の西を問うに、復た豳の猶くなり。朕是を以て四海・四荒・四極の是に異ならざるを知る。故に大小相い含み、窮極無きなり。萬物を含む者は、亦た天地を含むが如し。萬物を含むが故に窮まらず、天地を含むが故に極まり無し。朕も亦た焉んぞ天地の表に大なる天地有らざるを知らんや。亦た吾の知らざる所なり。
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『列子』湯問篇而るに五山の根は連箸する所無く、常に潮波に隨いて上下往還し、蹔くも峙つを得ず。仙聖之を毒とし、之を帝に訴う。帝西極に流れて、羣仙聖の居を失わんことを恐れ、乃ち禺彊に命じて巨鼇十五をして首を舉げて之を戴かしむ。迭いに三番と爲り、六萬歲に一たび交わる。五山始めて峙ちて動かず。
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『列子』湯問篇殷の湯曰く、然らば則ち上下八方に極盡有るか、と。革曰く、知らざるなり、と。湯固く問う。革曰く、無なれば則ち極まり無く、有なれば則ち盡くる有り。朕何を以てか之を知らん。然れども極まり無きの外に復た極まり無き無く、盡くる無きの中に復た盡くる無き無し。極まり無くして復た極まり無き無く、盡くる無くして復た盡くる無き無し。朕是を以て其の極まり無く盡くる無きを知る。而して其の極まり有り盡くる有るを知らざるなり、と。
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『列子』湯問篇而るに龍伯の國に大人有り。足を舉ぐること數步に盈たずして五山の所に暨ぶ。一釣にして六鼇を連ね、合わせ負いて趣りて其の國に歸り、其の骨を灼きて以て數う。是に於いて岱輿・員嶠の二山は北極に流れ、大海に沈む。仙聖の播遷する者は巨億を計る。帝憑り怒り、龍伯の國を侵減して阨ならしめ、龍伯の民を侵小して短からしむ。伏羲・神農の時に至るも、其の國人猶お數十丈なり。
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『列子』湯問篇殷の湯夏革に問いて曰く、古初に物有りしか、と。夏革曰く、古初に物無くんば、今惡んぞ物を得んや。後の人將に今の物無しと謂わんとするも、可ならんか、と。殷の湯曰く、然らば則ち物に先後無きか、と。夏革曰く、物の終始は、初めより極まり無きのみ。始めは或いは終わりと爲り、終わりは或いは始めと爲る。惡んぞ其の紀を知らんや。然れども物の外より、事の先よりは、朕の知らざる所なり、と。
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『列子』湯問篇中州より以東四十萬里にして僬僥國を得。人の長さ一尺五寸。東北の極に人有り、名づけて諍人と曰う。長さ九寸。荆の南に冥靈なる者有り。五百歲を以て春と爲し、五百歲を以て秋と爲す。上古に大椿なる者有り。八千歲を以て春と爲し、八千歲を以て秋と爲す。朽壤の上に菌芝なる者有り。朝に生じ、晦に死す。春夏の月に蠓蚋なる者有り。雨に因りて生じ、陽を見て死す。